詳細
調査を行ったのはイギリス・ポーツマス大学のチーム。犬の表情の変化が外部刺激に対する単なる反射なのか、それとも何らかの目的を持った自発的な行為なのかを確かめるため、4つの異なる状況を設定して観察実験を行いました。具体的には以下です。
Juliane Kaminski, Jennifer Hynds, Paul Morris, Bridget M. Waller, Scientific Reports 7, Article number: 12914 (2017) doi:10.1038/s41598-017-12781-x
- A:犬の方に顔を向ける+餌を差し出す
- B:犬の方に顔を向ける+餌なし
- C:犬に背を向ける+餌を差し出す
- D:犬に背を向ける+餌なし
犬のリアクション
- 餌の有無によって犬の表情は増減しない
- 人の顔が犬の方を向いているときだけ「まばたき」を除いた全ての表情が増える
- 特に増えるのは「眉を上げる」と「舌を出す」の2つ
- 人の顔が犬の方を向いているときだけ吠える頻度が増える
Juliane Kaminski, Jennifer Hynds, Paul Morris, Bridget M. Waller, Scientific Reports 7, Article number: 12914 (2017) doi:10.1038/s41598-017-12781-x
解説
観察の結果、人間の顔が犬の方を向いている時だけ「眉を上げる」という表情の出現頻度が増えることが明らかになりました。では一体なぜ犬はこのような表情を作るのでしょうか?ヒントは過去に行われた調査にありました。
調査を行ったのはイギリス・ポーツマス大学のチーム。犬の表情と動物保護施設から里親の元に引き取られるまでの日数との関連性を調査した所、「しっぽを振る」といった愛嬌あふれる行動よりも、「眉を上げる」(AU101)という表情を見せた犬の方が早く引き取られる傾向があったといいます。さらにこの「AU101」が、2分間の対面中5回見られた場合、新たな家庭にもらわれていくまでの日数が49.83日、10回見られた場合は34.88日、そして15回見られた場合は28.31日まで短縮したとも。この減少の理由として調査チームは、眉を上げることで黒目勝ちになり、人間により強く可愛いと思われたからではないかと推測しています。
上記調査結果から見えてくるのは「人間による偶発的な強化」という可能性です。「眉を上げる」という表情は人間に対して「可愛い」と思わせるベビースキーマと呼ばれる造形的要素を含んでいます。この表情に接した人はおそらく甲高い声を上げて犬に近づき、なでたりおやつを与えたりすることでしょう。そしてこうした経験を繰り返した犬は「表情を作る→報酬を与えられる」という関連性を学習し、かまってほしい時やおやつが欲しいとき、自発的に眉を上げるようになると推測されます。ちょうど、お腹が空いた犬が人間にお手をしておやつをねだるようなものです。この可能性は、「人が犬の方を向いているときだけ吠える頻度が増えた」という事実によっても補強されます。こちらは恐らく「吠える→人間が自分の方を見てくれる」という関連性を学習した結果だと考えられます。
自分に関心を引くためにかわいい表情を作ってみせるというくらいなら全く害はありません。しかし、同じ目的のため「大きな声で吠える」といった行動をとってしまうと、日常生活に支障をきたしてしまいます。飼い主として注意すべきは、犬の方を向いて関心を寄せること自体が報酬になっているという事実を理解し、偶発的な強化を促進しないことです。「吠える」の外では「飛びつく」、「顔を舐める」、「甘噛みする」などが偶発的な強化の対象になりやすいので要注意です。「キャー!」とか大声を出してリアクションをしてしまうと、そのリアクション自体が犬にとっての報酬になり、行動頻度が高まってしまいます。