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四肢を切断した後に感じる幻肢痛は犬にもある可能性が高い

 四肢の一部を切断した犬の飼い主を対象とした調査により、およそ1割の犬は手術後の幻肢痛にさいなまれている可能性が示されました(2017.10.23/イタリア)。

詳細

 調査を行ったのは、イタリアのボローニャ大学獣医科学部のチーム。2015年2月から3月の期間、何らかの理由により四肢の一部(肘・膝関節以遠)もしくは全部(肩・股関節以遠)を切断した犬の飼い主に対して69項目からなるオンラインアンケート調査を行い、手術の前後において痛みに関連した犬の行動がどのように変化したのかを検証しました。参加条件は、手術から最低3ヶ月が経過しているという点です。合計107人の飼い主から回答が寄せられ、以下のような事実が明らかになったといいます。
患犬の基本ステータス
  • 純血種=56%(60頭)
  • ミックス犬=44%(47頭)
  • 平均年齢=7.6歳(中央値8歳)
  • オス犬=56%
  • メス犬=44%
  • 25kg以上=60%
  • 10~25kg=28%
  • 10kg未満=12%
切断手術を行った時の年齢
  • 1歳以下=21%
  • 1~5歳=31%
  • 6~10歳=39%
  • 11~15歳=9%
手術の理由
  • 悪性腫瘍=54%
  • 外傷=40%
  • 奇形=3%
  • 感染=3%
手術前の痛み
  • 手術の1ヶ月以上前=53%(36/68)
  • 手術の24時間~4週間前=47%(32/68)
手術後の痛み
  • 24時間~4週間=79%(51/64)
  • 1~3ヶ月間=9%(6/64)
  • 3~6ヶ月=5%(3/64)
  • 手術直後や6ヶ月以降=7%(4/64)
その他特記事項
  • 手術の1ヶ月以上前から痛みの兆候を示していた犬では手術後の痛みの頻度が高かった
  • 手術後の環境的もしくは身体的なストレスが痛みの発現と関連していた=78%(46/59)
  • 手術前の投薬治療は手術後の痛みの発生とは無関係だった
  • 手術1週間前の痛みはゆっくり増減を繰り返すが45%(29/65)、慢性的が40%(26/65)
  • 手術1ヶ月後の痛みは突発的かつ一時的が53%(20/38)、慢性痛を報告する人はいなかった
 こうした結果から調査チームは、人間の場合と同様、10%以上の犬で幻肢痛が発生し、時折起こる急性の痛みにさいなまれているのではないかと推測しています。ただし、犬は比較的痛みに強い動物とされていることから、実際にはもっと多くの犬が同様の痛みを味わっている可能性を否定できないとも。
Approaching phantom complex after limb amputation in the canine species
Menchetti M. Gandini G. et al., Journal of Veterinary Behavior (2017), doi: 10.1016/j.jveb.2017.09.010

解説

 四肢を切断した患者では、「ファントム・コンプレックス」(Phantom Complex)と呼ばれる症状が頻繁に報告されています。具体的には以下のような複合症状です。
ファントム・コンプレックス
四肢を切断した後に感じる幻肢痛は犬にもある可能性が高い
  • 幻肢感覚ないはずの部位から発せられる感覚全般のこと。
  • 断肢痛切断後に残された部位に感じる痛み。
  • 幻肢痛切断してなくなったはずの部位から発せられる痛み。
 最後の「幻肢痛」(phantom limb pain, PLP)とは四肢を切断した後、痛みを感じる肉体がすでに失われているにもかかわらず、なぜかその場所に痛みを感じてしまう現象のこと。人間を対象とした調査では、四肢を切断した後2年以内に経験する割合が60~80%に達するとされています。また断肢痛は治癒すると同時に消えて行くのに対し、幻肢痛の5~10%は消えずに残り、中には痛みが悪化して慢性痛に発展するものもあるとのこと。
 犬と人間は痛覚に関する生理学的メカニズム共有していますので、人間で発生するものは基本的に犬でも発生すると推測されます。今回の調査では断肢痛が消えたはずの手術後1~6ヶ月の期間中、およそ14%(1~3ヶ月9%+3~6ヶ月5%)の犬で痛みの兆候が観察されました。こうしたことから、四肢の切断を経験した犬はやはり既に失われた体の一部から発せられる幻肢痛を大なり小なり味わっているものと推測されます。また人医学の知見から類推すると、こうした痛みが生涯に渡って残り続ける可能性も否定できません。
 幻肢痛の発症メカニズムはよくわかっていませんが「神経因性疼痛」(neuropathic pain)の一種ではないかと推測されています。具体的には以下のようなものです。
神経因性疼痛の特徴
  • 感覚欠損領域内に認められても、そこに限定されない疼痛
  • 組織損傷のない継続した疼痛
  • ヒリヒリ感、脈動感、うづき、チクチク感
  • 発作性疼痛または自然痛
  • 感覚不全
  • 異痛症
  • 痛覚過敏
 手術前には「ゆっくりと断続する痛み」だったものが、手術後には「突発的で一時的な痛み」に変化しました。こうしたことから考えると、手術によって神経伝達メカニズムの一部が変化し、「神経因性疼痛」を引き起こしている可能性が高いと推測されます。可能性としては「中枢性の過敏化」、「中枢性の抑制解除」、「機械的受容性Aβ線維の表現型の変化」などが想定されています。 犬の断尾には医療的な意味がない  骨肉腫などを発症した場合、四肢を切断することで患部を根こそぎ取り除く必要があります。これは医療的な処置で致し方ないことです。しかし日本国内では「断尾」が禁止されておらず、年間数十万頭の犬に対して医療的に必要のない切断手術が行われています。ブリーダーの言い分は「犬種標準に合わせるため」で、獣医師の言い分は「ブリーダーに頼まれたから」というものです。施術者は子犬の頃は痛覚が発達していないので痛みを感じにくいと主張していますが、解剖学的にも生理学的にもそのような主張に根拠はありません。しっぽの切断部分に「幻尾痛」なるものがあるのかどうかを立証することは困難ですが、「犬も人間と同様に幻肢痛を感じている」と想定してあげるのが動物福祉というものでしょう。 犬の断尾