詳細
調査を行ったのはミネソタ大学と「Mars Veterinary」からなる共同チーム。純血種の犬で高い保有率が報告されている常染色体劣性遺伝型のメンデル遺伝病が、非純血種の間でどの程度浸透しているのかを検証するため、3万頭を超える雑種犬を対象とした大規模な遺伝子調査を行いました。
こうした結果から調査チームは、「雑種強勢」(hybrid vigor)という言葉で象徴されるように、一般的に雑種は健康であると思われがちだが、ある特定の遺伝性疾患に関してはそうとも言えないという結論に至りました。特に「高尿酸尿」と「第Ⅶ因子欠乏症」に関しては、少なからぬ非純血種が疾患遺伝子を保有しているため常に鑑別診断リストに入れておき、場合によっては遺伝子検査を行うようアドバイスしています。 Frequency of five disease-causing genetic mutations in a large mixed-breed dog population (2011-2012).
Zierath S, Hughes AM, Fretwell N, Dibley M, Ekenstedt KJ (2017) PLoS ONE12(11): e0188543. doi.org/10.1371/journal.pone.0188543
- 常染色体劣性遺伝
- 「常染色体」とは性別に関係なく発症するという意味で、「劣性遺伝」とは両親から1本ずつ疾患遺伝子を受け継いで発症するという意味。メンデル遺伝病とは1対の遺伝子によって制御される遺伝性疾患のこと。
非純血種の疾患遺伝子保有率
- 高尿酸尿・高尿酸血症高尿酸尿は尿の中に尿酸が高濃度で含まれる病態。高尿酸血症は血液中の尿酸濃度が異常に高まる病態。疾患遺伝子は「SLC2A9」で変異は「c.616G>T」。
✓検査頭数=34,118頭
✓ヘテロ型=4.45%
✓ホモ型=0.167% - シスチン尿症アミノ酸の一種「シスチン」の再吸収障害により尿中のシスチン濃度が異常に高まり、尿路内に結石が形成される病気。疾患遺伝子は「SLC3A1」で変異は「c.633C>T」。
✓検査頭数=34,104頭
✓ヘテロ型=0.003%
✓ホモ型=0% - 第Ⅶ因子欠乏症血液を凝固させるときに必要な第Ⅶ因子を作り出さない、もしくは何かが第Ⅶ因子を妨害することにより、血が固まらなくなる病気。疾患遺伝子は「F7」で変異は「c.407G>A」。
✓検査頭数=34,031頭
✓ヘテロ型=0.846%
✓ホモ型=0.191% - 先天性ミオトニー筋がこわばり(ミオトニー)、自分の意志では緩めることができなくなる先天的な病気。疾患遺伝子は「CLCN1」で変異は「C>T;T268M」。
✓検査頭数=33,761頭
✓ヘテロ型=0%
✓ホモ型=0% - ホスホフルクトキナーゼ欠損症ホスホフルクトキナーゼと呼ばれる酵素が筋肉内で不足することによって骨格筋の収縮に必要なATPの供給が不足し、すぐバテる、筋肉が痙攣する、横紋筋融解症(ミオグロビン尿症)といった症状を呈する病気。疾患遺伝子は「PFKM」で変異は「c.2228G>A」。
✓検査頭数=34,112頭
✓ヘテロ型=0.056%
✓ホモ型=0%
こうした結果から調査チームは、「雑種強勢」(hybrid vigor)という言葉で象徴されるように、一般的に雑種は健康であると思われがちだが、ある特定の遺伝性疾患に関してはそうとも言えないという結論に至りました。特に「高尿酸尿」と「第Ⅶ因子欠乏症」に関しては、少なからぬ非純血種が疾患遺伝子を保有しているため常に鑑別診断リストに入れておき、場合によっては遺伝子検査を行うようアドバイスしています。 Frequency of five disease-causing genetic mutations in a large mixed-breed dog population (2011-2012).
Zierath S, Hughes AM, Fretwell N, Dibley M, Ekenstedt KJ (2017) PLoS ONE12(11): e0188543. doi.org/10.1371/journal.pone.0188543
解説
犬の遺伝性疾患は外見や特性を強調することを目的とした「選択繁殖」によって偶発的に固定化されるものと推測されています。例えばダルメシアンの斑点模様を強調するよう繁殖を繰り返した結果、被毛の発現に関与している遺伝子の近くにあった「SLC2A9」が偶発的に固定化され、犬種内で高尿酸尿が高頻度で見られるようになるなどです。
こうした「ヒッチハイク」型の固定化プロセスが頭にあると、純血種よりも雑種の方が健康であるという「雑種強勢」を盲信したくなりますが、今回の調査を踏まえて考えると必ずしもそうとは言い切れないようです。高尿酸尿の疾患遺伝子である「SLC2A9」のように、英国テューダー朝時代の軍艦「メアリー・ローズ」から回収された犬の骨(1545年)からも見つかっているような遺伝子は、犬種が固定化される前から存在していたものと推測されます。その場合、ある特定の犬種で高頻度で見られるほか、非純血種でも高頻度で見られるという現象が起こり得ますし、今回の調査でも実際に確認されました(ヘテロ型は4.45%/ホモ型は0.17%)。
犬の遺伝性疾患は、ある特定の犬種において高頻度で発症することは確かですが、雑種犬においてどの程度の発症リスクがあるのかに関しては多くの場合よくわかっていません。「Mars, Inc」の獣医療部門である「Mars Veterinary」が開発した遺伝子チェックパネル「Wisdom Panel™」は、祖先の血統にどの犬種が混じっているのかを明らかにできると同時に、25の染色体に散らばる321種の遺伝子変異を同時に検出できるといいます。調査チームは、非純血種を対象としたデータが今後蓄積されていけば、犬全体における発症リスクがより精値に近づいていくのではないかと期待を寄せています。