詳細
調査を行ったのは、アメリカ・ミシガン州立大学心理学部のチーム。犬、狼、コヨーテ、キツネといったイヌ科動物で頻繁に観察される、遊びの途中のお辞儀行動(プレイバウ, play bow)が持つ意味を明確化するため、子犬と子狼を対象とした比較観察を行いました。観察対象となったのは、ハンガリーの動物保護シェルターで生まれた雑種の子犬10頭(生後75日~140日)、およびオーストリアの「Wolf Science Center」で飼育されている子狼15頭(生後85~239日)。社会化の度合いに格差が生まれないよう統一された環境下で育てた上で、犬は62日間、狼は40日間の録画観察を行い、お辞儀行動とその前後における行動を事前に決めた5つのカテゴリーに分類していきました。用語の定義と具体的な分類カテゴリーは以下です。
基本用語
- お辞儀行動腰を高く上げたまま前足だけを折り曲げ、その後ひじを伸ばして直立状態に戻ったり、伏せの体勢や腰が上半身より高くならない範囲で何らかの姿勢を取ること。
- 遊び行動遊び行動の始まりは、お互いが15秒間たわむれること。遊び行動の終わりは少なくとも1分間、どちらか一方が相手に対して反応しなくなること。もしくは第3の犬がやってきて15秒以上遊びに加わったとき。
お辞儀の前後行動
- 攻撃・支配的行動噛み付こうとする、追いかける、体当たりする、服従的姿勢(口元を舐めるなど)を受け入れる。
- 守勢・逃避的行動セルフハンディキャッピング(攻守の入れ替え)を行ったり、タックルといった攻撃的な行動を受け入れる。相手から逃げる。
- 小休止行動ほとんどの動きが15秒以上止まる。
- シンクロ行動2頭の犬や狼がほとんど同じ行動を同時に示す。ただし同時に休んだ場合は小休止としてカウントする。
- その他の行動上記行動以外。
仮説1
✓お辞儀は視覚的なシグナルである
もしお辞儀が視覚的なシグナルであるならば、お辞儀をする側とされる側の両方が、お互いを視界にとらえている時にだけ現れるはずである。またお辞儀をする側の視野にされる側が入っていない時、お辞儀は注意喚起行動(吠える・視界に割り込むなど)と共に現れるはずである。
【観察結果】
犬においては136回中135回においてお互いを視野に入れていた。唯一見られなかった1回に関しては注意喚起行動が見られた。狼においては69回全てにおいてお互いが視野に入っていた。
【結論】
犬においても狼においても、お辞儀行動は視覚的シグナルとして機能していると考えられる。
もしお辞儀が視覚的なシグナルであるならば、お辞儀をする側とされる側の両方が、お互いを視界にとらえている時にだけ現れるはずである。またお辞儀をする側の視野にされる側が入っていない時、お辞儀は注意喚起行動(吠える・視界に割り込むなど)と共に現れるはずである。
【観察結果】
犬においては136回中135回においてお互いを視野に入れていた。唯一見られなかった1回に関しては注意喚起行動が見られた。狼においては69回全てにおいてお互いが視野に入っていた。
【結論】
犬においても狼においても、お辞儀行動は視覚的シグナルとして機能していると考えられる。
仮説2
✓お辞儀は誤解されやすい行動を釈明するために行われる
もしお辞儀が噛み付き行動といった本気の攻撃行動と誤解されやすい動作を釈明するために行われているのなら、お辞儀をする側はされる側よりも、お辞儀の直後において攻撃的な行動をとるはずである。
【観察結果】
犬においても狼においても、お辞儀の直後に攻撃行動が増えるという傾向は見られなかった。逆に、お辞儀をされた犬の方が、お辞儀をした犬よりも攻撃的な行動を頻繁にとった。
また犬においても狼においても、お辞儀の前後において噛みつき行動が現れやすくなるという傾向は見られなかった。具体的には、犬における噛みつき行動の占める割合はわずか13.6%(73/544回)で、狼における噛みつき行動の占める割合はわずか10.1%(28/276回)だった。
【結論】
犬においても狼においても、誤解されやすい行動を釈明するためにお辞儀を行っているとは考えにくい。しかし狼の噛みつき行動に限って言えば、お辞儀をした後(9回)よりも前(19回)の方が高頻度で見られ、またお辞儀をされる側(8回)よりもする側(20回)の方が多く見せた。このことから、釈明としての可能性を完全に否定することはできない。
もしお辞儀が噛み付き行動といった本気の攻撃行動と誤解されやすい動作を釈明するために行われているのなら、お辞儀をする側はされる側よりも、お辞儀の直後において攻撃的な行動をとるはずである。
【観察結果】
犬においても狼においても、お辞儀の直後に攻撃行動が増えるという傾向は見られなかった。逆に、お辞儀をされた犬の方が、お辞儀をした犬よりも攻撃的な行動を頻繁にとった。
また犬においても狼においても、お辞儀の前後において噛みつき行動が現れやすくなるという傾向は見られなかった。具体的には、犬における噛みつき行動の占める割合はわずか13.6%(73/544回)で、狼における噛みつき行動の占める割合はわずか10.1%(28/276回)だった。
【結論】
犬においても狼においても、誤解されやすい行動を釈明するためにお辞儀を行っているとは考えにくい。しかし狼の噛みつき行動に限って言えば、お辞儀をした後(9回)よりも前(19回)の方が高頻度で見られ、またお辞儀をされる側(8回)よりもする側(20回)の方が多く見せた。このことから、釈明としての可能性を完全に否定することはできない。
仮説3
✓お辞儀は、攻撃したり逃げたりする際、お辞儀される側よりも有利になるような体勢作りのために行っている
もし相手を攻撃しやすい体勢をとるためにお辞儀しているなら、お辞儀の直後において攻撃的な行動を多く見せるはずである。また相手から逃げやすい体勢をとるためにお辞儀をしているなら、お辞儀の直後に逃避的な行動を多く見せるはずである。
【観察結果】
犬にしても狼にしても、お辞儀をする前よりも後において攻撃的な行動が増えるという傾向は観察されなかった。犬においてはむしろ、お辞儀される側の方がより攻撃的な行動をとる傾向があった。一方、狼においては、上記したような攻撃行動の格差は見られなかった。
犬においても狼においても、お辞儀をする犬はお辞儀をした後に逃避的な行動を多くとった。またお辞儀をされる犬よりもお辞儀をする犬の方が、より多く逃避的行動をとった。
【結論】
犬においても狼においても、攻撃態勢を整えるためにお辞儀をしているわけではないが、防衛態勢を整えるためにお辞儀をしている可能性は否定できない。
もし相手を攻撃しやすい体勢をとるためにお辞儀しているなら、お辞儀の直後において攻撃的な行動を多く見せるはずである。また相手から逃げやすい体勢をとるためにお辞儀をしているなら、お辞儀の直後に逃避的な行動を多く見せるはずである。
【観察結果】
犬にしても狼にしても、お辞儀をする前よりも後において攻撃的な行動が増えるという傾向は観察されなかった。犬においてはむしろ、お辞儀される側の方がより攻撃的な行動をとる傾向があった。一方、狼においては、上記したような攻撃行動の格差は見られなかった。
犬においても狼においても、お辞儀をする犬はお辞儀をした後に逃避的な行動を多くとった。またお辞儀をされる犬よりもお辞儀をする犬の方が、より多く逃避的行動をとった。
【結論】
犬においても狼においても、攻撃態勢を整えるためにお辞儀をしているわけではないが、防衛態勢を整えるためにお辞儀をしている可能性は否定できない。
仮説4
✓お辞儀は遊びを再開する合図である
もしお辞儀が遊びを再開するための合図として用いられているのなら、お辞儀をする側もされる側も、お辞儀の前に遊びとは違う小休止的な行動を多く見せるはずである。
【観察結果】
犬においては、お辞儀をする側もされる側も、お辞儀の直前においてより多くの小休止行動を見せた。一方、狼において同じような傾向は観察されなかった。しかし、お辞儀をされる狼では、お辞儀の直前において小休止行動をとる傾向が見られた。
【結論】
犬においてはお辞儀は遊びを再開するための合図として用いられている可能性が高い。一方狼では同様の意味合いがないと考えられる。
もしお辞儀が遊びを再開するための合図として用いられているのなら、お辞儀をする側もされる側も、お辞儀の前に遊びとは違う小休止的な行動を多く見せるはずである。
【観察結果】
犬においては、お辞儀をする側もされる側も、お辞儀の直前においてより多くの小休止行動を見せた。一方、狼において同じような傾向は観察されなかった。しかし、お辞儀をされる狼では、お辞儀の直前において小休止行動をとる傾向が見られた。
【結論】
犬においてはお辞儀は遊びを再開するための合図として用いられている可能性が高い。一方狼では同様の意味合いがないと考えられる。
仮説5
✓お辞儀は遊び行動をシンクロさせる合図である
もしお辞儀が行動を同期化(シンクロ)させるための合図として用いられているのなら、お辞儀をする側もされる側も、お辞儀の後にシンクロ行動を多く見せるはずである。
【観察結果】
犬にしても狼にしても、お辞儀の後でシンクロ行動が増えるという傾向は確認されなかった。
【結論】
犬も狼も行動をシンクロさせる合図としてお辞儀を行っているわけでは無い。 Investigating the Function of Play Bows in Dog and Wolf Puppies (Canis lupus familiaris, Canis lupus occidentalis).
Byosiere S-E, Espinosa J, Marshall-Pescini S, Smuts B, Range F (2016) PLoS ONE 11(12): e0168570. doi:10.1371/journal.pone.0168570
もしお辞儀が行動を同期化(シンクロ)させるための合図として用いられているのなら、お辞儀をする側もされる側も、お辞儀の後にシンクロ行動を多く見せるはずである。
【観察結果】
犬にしても狼にしても、お辞儀の後でシンクロ行動が増えるという傾向は確認されなかった。
【結論】
犬も狼も行動をシンクロさせる合図としてお辞儀を行っているわけでは無い。 Investigating the Function of Play Bows in Dog and Wolf Puppies (Canis lupus familiaris, Canis lupus occidentalis).
Byosiere S-E, Espinosa J, Marshall-Pescini S, Smuts B, Range F (2016) PLoS ONE 11(12): e0168570. doi:10.1371/journal.pone.0168570
解説
子犬と子狼、および過去に成犬を対象として行われた調査に共通しているのは「お辞儀を視覚的なシグナルとして用いている」という点です。こうした使い方ができるという事は、相手の注意が自分に向いているかどうかを判断する能力がすでに備わってることを意味しています。
また「攻撃体勢を整えるために使っているわけではない」、「守勢行動の合図として使っている可能性がある」という点も共通していました。犬においては子犬であれ成犬であれ、お辞儀を遊びを再開するときの合図として使っていることが確認されています。これらの事実を合わせて解釈すると、犬にとってのお辞儀には「もっと遊ぼうよ!君が先攻でいいからさ」といった意味合いが含まれているのかもしれません。
また「攻撃体勢を整えるために使っているわけではない」、「守勢行動の合図として使っている可能性がある」という点も共通していました。犬においては子犬であれ成犬であれ、お辞儀を遊びを再開するときの合図として使っていることが確認されています。これらの事実を合わせて解釈すると、犬にとってのお辞儀には「もっと遊ぼうよ!君が先攻でいいからさ」といった意味合いが含まれているのかもしれません。
犬のお辞儀
子犬と子狼の間で見られた決定的な違いは「お辞儀を遊びを再開するときの合図として用いているかどうか?」という点だけでした。狼にとってお辞儀は「もっと遊ぼうよ!」という意味をあまり含んでいないようです。なぜこのような違いがあるのかはよくわかっていませんが、家畜化の過程において変化したネオテニー(幼形成熟)の度合いが関係している可能性はあるでしょう。犬たちは成長してからも子供っぽさを失わないのに対し、狼たちは早い段階で成熟し、子供っぽさを失ってしまいます。こうした発達の違いが、子供っぽさの代名詞である遊び行動へのモチベーションを変化させ、両動物種における視覚的シグナルの意味を微妙に変えてしまったのかもしれません。