詳細
子宮頸がんによる女性の福祉低下が深刻化しているメキシコの貧困地域では、安価な検査方法で病気を早期発見することが重要な課題になっています。そこでメキシコ社会保障協会と複数の病院からなる共同研究チームは、1頭のビーグル(3歳のオス)を訓練対象とし、子宮頸がん患者の体から発せられる揮発性有機物質(VOC)だけから、がんの有無を判別できるようになるかどうかを検証しました。
チームはまず、10個のサンプルの中から1つの正解(子宮頸がんの生検組織サンプル)を当てるというゲームを4ヶ月間(1日15分×週5日)行い、犬が確実にがんサンプルを弁別できるよう訓練しました。次に、生検組織サンプルをやや難易度が高いスメア(子宮頸部から剥がれ落ちた垢のこと)に置き換え、同様の訓練を行いました。そして最終的には、生理時に使用していた医療用吸収素材の匂いだけから、がん患者のものと健常者のものを弁別できるよう訓練しました。
犬が到達した最終的な弁別能力は以下で、感度とは陽性のものを陽性と判断する精度、特異度とは陰性のもの陰性と判断する精度のことです。
Guerrero-Flores et al. BMC Cancer (2017) 17:79 DOI 10.1186/s12885-016-2996-4

犬が到達した最終的な弁別能力は以下で、感度とは陽性のものを陽性と判断する精度、特異度とは陰性のもの陰性と判断する精度のことです。
犬の子宮頸がん弁別能力
- スメア感度=92.8% | 特異度=99.1%
- 吸収素材感度=96.4% | 特異度=99.6%
Guerrero-Flores et al. BMC Cancer (2017) 17:79 DOI 10.1186/s12885-016-2996-4

解説
一般的な子宮頸がん検診では、子宮頸部の表面をブラシなどでこすり、採取した細胞を顕微鏡で調べる「子宮頸部細胞診」が行われます(→出典)。しかしこの方法は心や体への負担がやや大きく、また検査結果が出るまで通常一週間程度かかるとされています。もしこうした細胞診の代わりに、「分泌物を含んだ吸収素材を提出するだけでよい」という検査法があったら、多くの人はそちらを選ぶのではないでしょうか。
がんを科学的に検知する方法としては、物質を細かく分離して分子レベルで構成成分を分析する「クロマトグラフィー」があります。しかしその検知能力に関しては到底犬に及ばず、クロマトグラフィーが10億分の1であるのに対し犬の嗅覚は1兆分の1という報告もあるくらいです(→出典)。現時点では「犬の鼻」が最先端技術ということになるでしょう。
がん探知犬は麻薬探知犬や爆弾探知犬とは違い、命に関わるような危険な場所に赴くということはありません。患者のサンプルを嗅ぎ分けることをゲームの一環として捉えてくれれば、それほど犬の福祉を損なうことはないと考えられます。ただし、犬の集中力が続くのは1日15分程度ですので、オーバーワークによる精度の低下と、犬の福祉低下にだけは注意しなければなりません。今後の課題は、「子宮頸部細胞診」で行われる細胞の分類(クラスIII/IV/Vなど)が、犬の鼻で可能かどうかを検証していくことだと考えられます。