詳細
犬たちは同種の動物(=犬)のみならず、異種の動物(=人間や猫など)に対しても高い社会性を発揮し、自ら進んで近づいていくことで知られています。しかし他の動物種ではほとんど見られないこの並外れた社会性の背景に、一体どのような遺伝子が関わっているのかに関しては完全に解明されていないのが現状です。そこでアメリカ・プリンストン大学を中心とした共同調査チームは、犬と犬の祖先である狼とを対象とし、社会性テストと遺伝子テストを並行して行うことで、両グループ間にある決定的な違いを明らかにしようとしました。
調査対象となったのは18頭の犬と幼い頃から人間に飼育されてきた10頭の狼。社会性を推し量るための3つの行動テストを行った所、以下のような違いが見られたといいます。最後のSISテストの結果だけは統計的に有意とまでは言えなかったものの、全体的に見て狼よりも犬のほうが社会性が高いと判断されました。
Bridgett M. vonHoldt, Emily Shuldiner, Ilana Janowitz Koch, Rebecca Y. Kartzinel, Andrew Hogan, Lauren Brubaker, Shelby Wanser, Daniel Stahler, Clive D. L. Wynne, Elaine A. Ostrander, Janet S. Sinsheimer, Monique A. R. Udell, Science Advances19 Jul 2017 : e1700398
犬と狼の社会性テスト
- ABSテスト【内容】
「ABS=社会的刺激への注意バイアス」
自力で開ける方式の箱の中にソーセージを入れ、人がいる状況で2分間の行動を観察【結果】
✓人を見つめている時間に関し犬21%の狼0%
✓箱を見つめる時間に関し犬10%の狼100%
✓箱を開けようとトライしている時間に関し犬6%の狼98%
✓成功率に関し犬11%の狼80% - HYPテスト【内容】
「HYP=並外れた社会性」
顔なじみの人と同じ室内に入り、自発的に近づいたり呼びかけに応えたりするかを観察【結果】
✓人間の1m以内で過ごした時間に関し犬65%の狼35% - SISテスト【内容】
「SIS=見知らぬ人への社会的興味」
見知らぬ人と同じ室内に入り、自発的に近づいたり呼びかけに応えたりするかを観察【結果】
✓人間の1m以内で過ごした時間に関し犬53%の狼28%
- ウィリアムズ症候群
- ウィリアムズ症候群(Williams-Beuren syndrome, WBS)はヒト7番染色体にある28の遺伝子を含む領域内で欠失変異が起こると発症する難病の一種。症状は成長と発達の遅れ、視空間認知障害、心血管疾患など。また並外れて人なつこい人格をもつ患者がいることでも有名(→出典)。
Bridgett M. vonHoldt, Emily Shuldiner, Ilana Janowitz Koch, Rebecca Y. Kartzinel, Andrew Hogan, Lauren Brubaker, Shelby Wanser, Daniel Stahler, Clive D. L. Wynne, Elaine A. Ostrander, Janet S. Sinsheimer, Monique A. R. Udell, Science Advances19 Jul 2017 : e1700398
解説
人間のウィリアムズ症候群は、7番染色体内部にある遺伝子の変異によって引き起こされますが、犬で確認された「GTF2I」や「GTF2IRD1」といった遺伝子の変異は必要条件ではありません。つまり変異がある患者と変異がない患者という2パターンがあるという意味です。そしてとびきりの人なつこさを見せるのは、変異がある方の患者だといいます。また、マウスを用いた調査では「GTF2I」や「GTF2IRD1」遺伝子のハプロ不全(=片方の遺伝子の発現異常)が社会性の向上として発現することが確認されています。
「社交的なWBS患者」、「社会性の高いマウス」、そして「人なつこい犬」といった事例を総合すると、これらに共通している「GTF2I」や「GTF2IRD1」遺伝子が社会性の向上に関わっている可能性はかなり大きいと考えられます。 「GTF2I」や「GTF2IRD1」遺伝子がどのようにして社会性を向上させているのかに関してはよくわかっていません。ただ人間を対象とした調査では、「GTF2I」の変異が唾液中のオキシトシンレベル(愛情ホルモンの度合い)と関わっていることが示唆されています。ミッシングリンクを埋めると「GTF2I遺伝子の変異→オキシトシンレベルの変化→社会性の向上」という感じになるでしょうか。この辺の解明は今後の課題です。 犬は人間に家畜化される過程で「指を差している対象に注視する」といった他の動物では見られない高い社会的認知能力を獲得しました。この能力の獲得には、「たまたま認知能力の高い犬を古代の人間が選択的に繁殖してきた」といった仮説が提唱されていましたが、今回の調査チームは「人間の方をじっと見つめるといったモチベーションが高い犬を選んだ結果、認知能力が高いように見える犬が残った」のではないかと推測しています。 野生動物は一般的に相手の目をじっと見つめることを避けますが、犬は容易にアイコンタクト覚えてくれます。こうした柔軟性の背景には、遺伝子の変異と「人間の近くにいたい!」という並外れた人なつこさがあるのかもしれません。ちなみに犬が持つ社会性に関しては、日本の調査チームがイヌ9番染色体上にある「ATR1」および「ATR2」と呼ばれる2つのゲノム領域との関わりを指摘しています。ですから犬の従順性や人なつこさは単一の遺伝子変異によって生み出されているのではなく、複数の遺伝子変異が絡み合って生み出されていると考えるのが妥当でしょう。
「社交的なWBS患者」、「社会性の高いマウス」、そして「人なつこい犬」といった事例を総合すると、これらに共通している「GTF2I」や「GTF2IRD1」遺伝子が社会性の向上に関わっている可能性はかなり大きいと考えられます。 「GTF2I」や「GTF2IRD1」遺伝子がどのようにして社会性を向上させているのかに関してはよくわかっていません。ただ人間を対象とした調査では、「GTF2I」の変異が唾液中のオキシトシンレベル(愛情ホルモンの度合い)と関わっていることが示唆されています。ミッシングリンクを埋めると「GTF2I遺伝子の変異→オキシトシンレベルの変化→社会性の向上」という感じになるでしょうか。この辺の解明は今後の課題です。 犬は人間に家畜化される過程で「指を差している対象に注視する」といった他の動物では見られない高い社会的認知能力を獲得しました。この能力の獲得には、「たまたま認知能力の高い犬を古代の人間が選択的に繁殖してきた」といった仮説が提唱されていましたが、今回の調査チームは「人間の方をじっと見つめるといったモチベーションが高い犬を選んだ結果、認知能力が高いように見える犬が残った」のではないかと推測しています。 野生動物は一般的に相手の目をじっと見つめることを避けますが、犬は容易にアイコンタクト覚えてくれます。こうした柔軟性の背景には、遺伝子の変異と「人間の近くにいたい!」という並外れた人なつこさがあるのかもしれません。ちなみに犬が持つ社会性に関しては、日本の調査チームがイヌ9番染色体上にある「ATR1」および「ATR2」と呼ばれる2つのゲノム領域との関わりを指摘しています。ですから犬の従順性や人なつこさは単一の遺伝子変異によって生み出されているのではなく、複数の遺伝子変異が絡み合って生み出されていると考えるのが妥当でしょう。