詳細
「短頭種気道症候群」とは、マズルが極端に短くなることによって発症する呼吸困難を主症状とする病気。病名が示す通りパグやブルドッグといった短頭種で多く発症します。これまでの治療法では、塞がった鼻の穴を大きくする鼻翼形成術や、喉の奥を塞いでいる軟口蓋の切除術が行われてきましたが、重症例の犬ではそれほど大きな治療成果を得られていませんでした。そこで近年開発されたのが、気道の妨げになるあらゆる障害物を取り去ってしまう「マルチレベル上気道手術」です。具体的には以下のような内容が含まれます。
Sabine Pohl, Frauke S. Roedler, et al. 2016
マルチレベル上気道手術
- 鼻孔 鼻翼口腔前庭形成術
- 鼻腔レーザー鼻甲介切除術(LATE)
- 咽頭口蓋形成術・扁桃切除術
- 喉頭反転した喉頭室のレーザー切除
マルチレベル上気道手術の効果
- 呼吸困難発作=60%→5%
- 卒倒=27%→3%
- 睡眠障害=55%→3%
- 呼吸音=半減
- 運動耐性=顕著に改善
- 熱耐性=中等度の改善
Sabine Pohl, Frauke S. Roedler, et al. 2016
解説
2016年1月に公開された別の報告では、重度の短頭種気道症候群を抱えたパグ70頭、フレンチブル77頭、ブルドッグ11頭が調査対象となり、鼻腔内にある「鼻甲介」と呼ばれる複雑なヒダ状組織を切除する「レーザー鼻甲介切除術」(LATE)の効果が検証されました(→出典)。その結果、術中の出血が32.3%で見られたものの、タンポナーデを要するほどひどい症例は1.3%だけで、おおむね良好な治療成績を得られたとしています。ただし6ヶ月後における鼻甲介の再生が15.8%で見られたとのこと。
犬は一般的に舌の表面からの気化熱で体温調整していると考えられていますが、実は鼻腔内で広い面積を誇る「鼻甲介」も重要な役割を担っています。以下は人間の鼻甲介と犬の鼻甲介の断面図を比較したものです。右側の犬の鼻甲介は、複雑なヒダ構造によって鼻腔粘膜の表面積が激増しており、外からの空気を温めたり体温を外に逃がす際に役立ってくれています。 短頭種の鼻腔内は、上記した構造物をちょうど両手で握りつぶしたような形になっています。その結果、行き場を失った鼻甲介が前方や後方に移動し、空気の流れを妨げて呼吸困難を引き起こしてしまいます。「マルチレベル上気道手術」では、気道の障害物になっているこの鼻甲介を綺麗さっぱり切除してしまうため、ただ単に鼻の穴を大きくするだけの手術よりは大きな治療効果を得ることができるでしょう。しかし、「体温を外に逃がす」という重要な機能まで同時に失われてしまうという大きなデメリットを併せ持っています。ドイツの調査チームが報告した「熱耐性に関し、中等度の改善しか見られなかった」という結果は、おそらくそのためだと考えられます。手術によって呼吸困難の問題は改善しても、暑い環境において熱中症になりやすいという問題は依然として残されていますので、飼い主としては注意が必要です。ちなみにドイツチームは「短頭種を繁殖するという行為自体を根本から見直さないと、犬種の福祉向上は望めない」と述べています(→出典)。
犬は一般的に舌の表面からの気化熱で体温調整していると考えられていますが、実は鼻腔内で広い面積を誇る「鼻甲介」も重要な役割を担っています。以下は人間の鼻甲介と犬の鼻甲介の断面図を比較したものです。右側の犬の鼻甲介は、複雑なヒダ構造によって鼻腔粘膜の表面積が激増しており、外からの空気を温めたり体温を外に逃がす際に役立ってくれています。 短頭種の鼻腔内は、上記した構造物をちょうど両手で握りつぶしたような形になっています。その結果、行き場を失った鼻甲介が前方や後方に移動し、空気の流れを妨げて呼吸困難を引き起こしてしまいます。「マルチレベル上気道手術」では、気道の障害物になっているこの鼻甲介を綺麗さっぱり切除してしまうため、ただ単に鼻の穴を大きくするだけの手術よりは大きな治療効果を得ることができるでしょう。しかし、「体温を外に逃がす」という重要な機能まで同時に失われてしまうという大きなデメリットを併せ持っています。ドイツの調査チームが報告した「熱耐性に関し、中等度の改善しか見られなかった」という結果は、おそらくそのためだと考えられます。手術によって呼吸困難の問題は改善しても、暑い環境において熱中症になりやすいという問題は依然として残されていますので、飼い主としては注意が必要です。ちなみにドイツチームは「短頭種を繁殖するという行為自体を根本から見直さないと、犬種の福祉向上は望めない」と述べています(→出典)。