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犬にも長期的に頭に残るエピソード記憶があるかもしれない

 犬に対して特殊な訓練を施し、言葉を話せない動物において疑問視されている「エピソード記憶」の存在を証明しようという試みがなされました(2016.12.1/ハンガリー)。

詳細

 調査を行ったのはハンガリー・エトヴェシュ・ロラーンド大学動物学部のチーム。言語によって思い出を語ることができない動物においては証明することが非常に難しい「エピソード記憶」を、「偶発的記銘」という特徴を利用して実証しようとしました。
エピソード記憶
長期的に脳内に残る個人が経験した出来事に関する記憶のこと。特徴の一つは、周囲の状況を覚えようと意識していないにもかかわらず、時間が経ってからその状況を思い出すことができること。例えば「今日の朝何食べた?」と聞かれて「コーンフレーク」と答えることができるなど。
 チームはまず犬に訓練を施し、人間の動作を見た後に模倣することを覚えさせました。例えば人間が「カサを手で触る」という動作を見せた後、「真似してごらん」(Do it!)という指示を出し、犬に同じ動作を真似させるなどです。 まず人間が手本を見せた後、犬に「真似してごらん」と命じる  17頭の犬が上記「真似してごらん」を十分マスターした後、今度は動作を見せた後に「伏せ」の姿勢を取らせました。このプロセスの狙いは、犬に「人間が見せる動きはもう覚えなくていい」と思い込ませることです。このステップを挟むことにより、周囲の状況を覚えようと意識していない状態、すなわち偶発的記銘の成立条件が整いました。 犬が自発的に伏せの姿勢を取ることで模倣に対する義務意識がないことを確認する  ここからがテストです。試験者はある特定の動作を見せた後、伏せの姿勢で待っている犬に対して「真似してごらん」と意表をついて命令してみました。犬からすると、何かを覚えようとしていない状態で「さっき見せた動作を覚えている?」と聞かれた形になります。人間で言うと、街角インタビューで突然TVクルーから「昨日見たテレビ番組覚えていますか?」と聞かれる状況に近いでしょう。
 もし犬が直前に見た人間の行動を再現できなかったら、「周囲の状況を覚えようと意識していないとき犬の脳内に記憶は残らない」 、すなわち「犬にエピソード記憶は無い」と判断されます。もし逆に、犬が直前に見た人間の行動を再現できたら、「周囲の状況を覚えようと意識していなくても犬の脳内に記憶は残る」、すなわち「犬にもエピソード記憶がある」と判断されます。実際のテスト結果は以下です(※調査方法と結果に関するより詳しい内容は犬のエピソード記憶というページにまとめてあります)。
インターバル1分
試技からコマンドまで1分間のインターバルを設けたときの犬の模倣テスト結果
インターバル1時間
試技からコマンドまで1時間のインターバルを設けたときの犬の模倣テスト結果  動作を見てから実際に再現するまでのインターバルが1分の時も1時間の時も、犬たちは人間が見せた行動を35~59%の確率で真似することができました。このことはつまり、周囲の状況を記憶することが要求されていないにもかかわらず、犬の脳内には体験したことがある程度記憶として残っていることを意味します。
 こうした結果から調査チームは、犬には体験した内容を偶発的に記銘する能力、すなわちエピソード記憶的なものがあるらしいという可能性を突き止めました。
Recall of Others’ Actions after Incidental Encoding Reveals Episodic-like Memory in Dogs
Fugazza et al., Current Biology (2016), http://dx.doi.org/10.1016/j.cub.2016.09.057

解説

 人間が「真似してごらん」という命令を発した時、もし犬が命令されることを心のどこかで予期していたら、「周囲の状況を覚えようと意識していない状態」ではなくなりますので、調査の結果に信憑性がなくなってしまいます。調査チームはこの可能性を排除するため、「期待違反原則」を採用しました。これは、予期していない事象に遭遇した時、対象を見つめる時間が延びるという現象のことです。ちょうどカトちゃんの「二度見」といえば分かりやすいでしょう。
 もし「真似してごらん」と命令されたとき、犬が人間の方を見つめている時間が延びていれば「期待に反する事象に出くわして驚いている」(命令を予期していなかった)、延びていなければ「期待通りの事象を確認している」(命令を予期していた)と判断されます。具体的に計測したところ、以下のような結果になりました。 犬が予想外の事象に出くわすと人間の方を見つめる時間が延びる  インターバルが1分のときも1時間のときも、命令を下された直後に人間の方を見つめる時間が、練習時よりも延びることがわかりました。つまり命令されることを予期していなかったということです。この事実から調査チームは、犬の頭の中には人間の動作に注目して覚えようという意識がなかったことを間接的に証明できたと主張しています。そして、周囲の状況を記憶しようと意識していなかったにも関わらず人間の動作を再現できたのは、取りも直さず犬にもエピソード記憶がある証拠だとも。
 人間以外の動物で、複雑な事象に関するエピソード記憶らしきものの存在が示されたのは、今回が世界初ということです。同じ調査方法をうまく用いれば、イルカ、オウム、シャチといった言語を話せない動物でも、エピソード記憶の存在を証明できるかもしれないと期待が高まっています。なおこの知見の詳しい解説や、しつけへの応用の仕方に関しては以下のページにまとめてありますのでご参照ください。 犬のエピソード記憶