トップ2024年・犬ニュース一覧10月の犬ニュース10月4日

幼児と子犬における「おうかがい」(交互注視)の類似性

 人間をその他の類人猿から分け隔てる特性として「おうかがい」(交互注視)が発達の早期に現れるという点があります。この特性に関しては、なぜか遺伝的に遠いはずの子犬でも見られるようです。

困った犬が見せる「おうかがい」

 調査を行ったのはウィーン獣医学部のチーム。人間の幼児で見られる「交互注視」と呼ばれる意思伝達様式が、子犬においてはいつごろから見られるのかを調べるため、人への依存心が十分に誘発されるような状況を意図的に作り出して自発的なリアクションを観察しました。
交互注視
交互注視(alternate gazing)は視線の行方が対象物→人という順番で数秒以内(通常は2秒以内)に移行する現象。困った状況や理解できない状況に陥ったとき、周囲の人間に助力を求めるために発現する。「物→人」は2連交互注視、「物→人→物(人→物→人)」は3連交互注視として区別される。

調査対象と方法

 調査対象となったのは12腹8犬種に属するメス48+オス35からなる83頭。ほとんどを室内で過ごし、社会化を促進するため1日数回飼養者と触れ合う機会を持つと同時に、今回の実験実施者とも複数回にわたって顔合わせする機会を持ちました。
 実験は41日齢および52日齢のタイミングで個別に行われ、以下の6つのフェーズにおける子犬たちの自発的な反応が記録されました。
「おうかがい」の誘発状況
  • 見知らぬ部屋を探索する親しげな見知らぬ人と交流を持つ
  • 解決可能問題倒せるカップの下におやつを置く
  • 解決不能問題倒せないカップの下におやつを置く
  • 驚嘆テスト突発的な大きな音を聞かせる
  • 新奇物テスト電池式の猫用おもちゃを提示する
 行動のほか、実験中に発せられたクンクン鳴きの長さ、および最初の注視までに掛かった時間が計測されました。

調査結果

 新奇物テスト(データ72頭分)において最低1回の交互注視を見せた子犬の割合は69.4%(50/72)で、うち78%(39/50)はテスト開始から1分以内でした。また最初の注視までの待機時間は中央値で17.2秒でした。
 解決不能テスト(データ69頭分)において最低1回の交互注視を見せた子犬の割合は45.6%(31/68)で、うち74.2%(23頭)はテスト開始から1分以内でした。また最初の注視までの待機時間は中央値で50.8秒でした。
 統計的な計算上、月齢と注視回数の間に相関関係は認められませんでした。一方、新奇テストでも解決不能テストでも交互注視の回数とクンクン鳴きの間に中等度の正の相関が認められました。また新奇テストと解決不能テストの間にも中等度の正の相関が認められました。これはどちらか一方のテストで交互注視を見せた個体は、他方のテストでも見せやすいことを意味しています。
Evidence for the communicative function of human-directed gazing in 6- to 7-week-old dog puppies
Riemer, S., Bonorand, A. & Stolzlechner, L., Anim Cogn 27, 61 (2024), DOI:10.1007/s10071-024-01898-y

交互注視は選択繁殖の結果?

 交互注視に関しては「ただ単に周囲を見回しているだけでは?」とか「ただ単に目立つものに目が向いているだけでは?」といった解釈も存在します。しかし社会的交流の側面が強いクンクン鳴きと相関していた点や、人の体ではなく顔を選んで注視した点などから考え、やはり意思伝達の意味を含むのではないかと考えられます。

人と犬の交互注視

 メチレーションをベースとした加齢調査では、犬の8週齢は人の9ヶ月齢に相当すると推測されています。そして人間の幼児において交互注視が発現するのが生後8~10ヶ月齢、顔の選好注視が発現するのが10~13ヶ月齢頃です。こうした事実から考えると、犬と人間における交互注視の発現時期はかなり近いものと推測されます。ただし犬に関しては「十分に社会化が進んだ状態であること」が条件です。
 現に2011年に行われた初期の調査では、2ヶ月齢の子犬が解決不能問題に直面した際、人の方を注目するものの交互注視はほとんど見せず、出現率はわずか7%(7/97)だったとされています。また麻薬探知犬の候補生たちを対象とした観察では、3→6→11ヶ月齢のタイミングで解決不能問題を提示したところ、人への注目が発現したのは11ヶ月齢になってようやくだったとされています。
 こうした調査間の差異に関しては、テストの難易度やテスト回数(先行調査は3回)のほか、犬たちの社会化度(先行調査は人との接触が少ない犬舎育ち)が関係しているものと推測されています。

早期発現は人と犬だけ

 類人猿やオオカミを対象とした調査報告から考えると、交互注視の発現時期が人間に近いという現象は犬だけに見られる特徴のようです。
 例えば遺伝的には人間より遥かに犬と近いオオカミを対象とした調査では、たとえ社会化の度合いは同じでもオオカミより犬のほうがアイコンタクトを取る傾向が強いと報告されています。 犬は小型の狼である? 指さしテストにおける狼の成績の悪さには、人間に注目しないという特性が影響している  また類人猿の発現時期はかなり遅く、野生のチンパンジーが脅威刺激に触れたときの3連交互注視(仲間と対象物を視線が3回移動)は25ヶ月齢で見られたとされています。またサンクチュアリに収容されたチンパンジーを対象とした観察では、5秒以内に対象物と人を1回ずつ見るという緩めの条件だったにも関わらず、交互注視が見られたのは6~9歳になってからだったとも。さらにボノボでは年齢にかかわらず交互注視は見せなかったとの報告もあります。
 遺伝的に近いはずの類人猿では見られず逆に遺伝的に遠いはずのイエイヌで見られる点、そしてイエイヌと遺伝的に近いはずのオオカミでは見られない点などから考え、交互注視というコミュニケーション様式は社会化が十分に進んだイエイヌにだけ発現する特徴であると考えられます。

交互注視の適応的な意味

 イエイヌにおける交互注視の適応的な(≒生きていく上で役に立つ)意味はどこにあるのでしょうか?
 家畜化の過程において犬を選別する際、命令によく従う訓練性の高い犬が好まれたのだとすると、その指標として「アイコンタクトをよく取る」「注目対象を共有できる」という素養が経験的に選択繁殖された可能性が十分にあります。現代においても「11ヶ月齢時における注視が長い麻薬探知犬候補生の合格率が高かった」という調査報告がありますので、昔の人も実証データはないものの経験則を通じて従順で訓練しやすい犬を見分ける方法を「交互注視」を通して知っていた可能性は大いにあるでしょう。
 だとすると交互注視の適応的な意味は「犬の生存率を高めること」とも言えます。
人間と同じ特質を別ルートを通じて偶発的に獲得した「収斂進化」なのか、それとも人が意図的にえり好んで残した「選択圧」なのか。 犬は人間と共に進化してきた?