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子犬を迎えた飼い主を襲う「パピーブルー(Puppy Blues)」~新米ママにおけるベイビーブルーとの対比研究

 赤ん坊を産んだばかりの女性が経験するネガティブな感情は「ベイビーブルー」と呼ばれ学術的にも研究されています。ストレス、心配、不安といった暗い気分は子犬を迎えたばかりの飼い主でも観察され、口語的に「パピーブルー」などと呼ばれます。

パピーブルーを客観化する

 赤ん坊を産んだばかりの女性が経験するネガティブな感情は「ベイビーブルー(Baby Blues)」と総称され、ストレス、心配、不安、心痛、欲求不満、後悔といった暗い気分全般が含まれます。これに似た感情は子犬を迎えたばかりの飼い主間でも逸話的に語られており、便宜的に「パピーブルー(Puppy Blues)」などと呼称されます。
 今回の調査を行ったのはフィンランドにあるヘルシンキ大学を中心としたチーム。新米ママにおけるベイビーブルーの度合いを客観化する際に用いられる指標の飼い主バージョンを作成するため、子犬を迎えてから何らかの心的苦悩を経験した人を対象とした段階的なアンケートを行いました。

調査票の作成手順

135名の回答からパイロット版作成

1801名(女性92%)の回答から最終版作成

うち265名を対象にテスト-再テストデータ収集

1~2歳の犬を持つ別の飼い主326名の回答から有効性を評価
 上記した手順でアンケートを作成し、都度回答を得てフィードバックした結果、子犬飼養に関連した飼い主のネガティブな感情を客観化する指標として信頼性、内的整合性、再テスト信頼性が十分に高く、有効性が証明されたといいます。

パピーブルーの要因

 飼い主の心情を因子分析(複数の変数から似通った変数をまとめて小グループを作っていく手法)したところ、多くが「欲求不満」「不安」「疲労」という3側面のどれかに集約されることが判明しました。またスコアは過去よりも現在の方が低くなることから、パピーブルーが時間経過とともに軽くなること、および時間が経つと子犬時代が逆にポジティブな経験として認識されることも併せて確認されました。
Development and validation of the puppy blues scale measuring temporary affective disturbance resembling baby blues
Stahl, A., Salonen, M., Hakanen, E. et al. , npj Mental Health Res 3, 27 (2024), DOI:10.1038/s44184-024-00072-z

パピーブルーと産後うつ

 新米ママが経験するベイビーブルーとパピーブルーの間には多くの共通点があることがわかりました。必然的に、パピーブルーが悪化すると、ベイビーブルーが悪化して生じる「産後うつ」に近い状態に陥る危険性があります。

犬の飼い主との対比

 パピーブルーに関する研究はまだ黎明期で、めぼしい先行調査は2023年に発表された2つしかありません。
 イギリスで行われた調査では子犬を「正しく」育てることを義務と考えることで生じる心理的重圧、およびそれに伴う心身の疲労がパピーブルーの根底にあると示唆されています。一方、オーストラリアで19名の飼い主を対象として行われた調査では、時間のやりくりにまつわるやっかいや、子犬の健康・安全に関する心配、後悔の念などがパピーブルーの根底にあると示唆されています。
 当調査内で重要な側面としてピックアップされた「欲求不満」「不安」「疲労」の3側面と一致する部分が多いのは、現象の普遍性を物語っていると考えてよいでしょう。
パピーブルーの3大側面
  • 不安・自己疑念(子犬をだめにするのではないか?育て方を間違うのではないか?)
    ・不適正感
    ・子犬の福祉や発達への心配
    ・飼い主としての罪悪感
  • 欲求不満・いっそ手放してしまおうかという衝動
    ・後悔の念
    ・イライラ感
    ・絆への疑念
    ・責務を困難や重荷に感じる
  • 疲労・肉体的疲れ
    ・睡眠の乱れ
    ・子犬に強要される時間や注意力
    ・努力感
 注目すべきは、上記3側面が子犬の飼い主だけでなく問題行動や病気を抱えた犬の飼い主とも重なる部分が多いという点です。
 例えば問題行動や病気を抱えた犬の飼い主を対象とした調査では欲求不満、怒り、イライラ、居心地の悪さなどが報告されており、これらは当調査の「欲求不満」に相当すると考えられます。また犬の健康や未来に対する罪悪感、羞恥心、おそれ、自身の能力不足に対する後ろめたい気持ちなども報告されており、これらは当調査の「不安」に相当すると考えられます。さらに余計な時間を取られること、行動にかかる制約、ルーチンへの負の変化に根ざした疲労、過重労働などは当調査の「疲労」に相当すると考えられます。
 パピーブルーを感じない人では犬の存在が孤独を緩和してくれることが短期的調査でも長期的調査でも示されていますが、そうでない人では「手のかかる子犬」「問題行動犬」「病気の犬」を世話するときに匹敵する心理的・身体的負担がのしかかってくるようです。

子どもの世話人との対比

 当調査ではパピーブルーとベイビーブルーとの対比が行われ、暗い気分、不安、不眠、イライラなど共通点が多いことから両者が非常に似た心理状態であることがわかります。
 またベイビーブルーから進展しうる産後うつとも通ずる部分があり、ベイビーブルーの経験割合が38%に対してパピーブルーのそれは半数弱、フィンランド国内での産後うつの発症率が10.3%に対して子犬期を終えて間もない飼い主群が「極めて負担に感じる」割合が10.1%と近い数字になっています。
 さらに情緒に問題を抱えた子どもの世話人との共通項も無視できません。CGSQ(Caregiver Strain Questionnaire)と呼ばれる指標を例に取ると、「内面化された主観的心痛」(心配・罪悪感)という項目がパピーブルーの「不安」、「外面化された主観的心痛」(怒り・後悔)という項目がパピーブルーの「欲求不満」に相当するのではないかと推測されています。
 ベイビーブルーとパピーブルーの類似性から考えると、子犬の飼い主が「産後うつ」に相当するネガティブな心理状態に進展してしまう危険性は否めません。うつ状態の親と接する子供の発達が大きな影響を受けることを考えると、うつ状態の飼い主と接する子犬の福祉が悪影響を受けてしまうという負のスパイラルも十分起こり得ます。
パピーブルーに陥らないための具体的な対策を提示することは難しいですが、「時間経過とともにポジティブな経験になる」という明るい側面も示されています。子犬の時期を乗り越えれば「手のかかる子ほど可愛い」となりますので頑張りましょう。子犬の社会化期