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犬よりオオカミの方が感情が表情に出やすい~頭やマズルの形が表情筋を制約

 犬(イエイヌ)とオオカミのコミュニケーション能力を比較した場合、人との共同生活が圧倒的に長い犬の方が優れていると思いがちです。しかし「表情」という一点にだけ着目すると、実はオオカミの方が優れているかもしれません。

犬の表情のわかりやすさ

 調査を行ったのはイギリスにあるダラム大学生命科学部のチーム。顔面の筋肉が織りなすさまざまな表情に着目し、オオカミとイエイヌとの間で表出能力にどのような違いがあるのかを検証しました。

調査対象

 調査対象となったオオカミはUK Wolf Conservation Trustに暮らす人馴れが済んだ10頭。オスメス5頭ずつで観察は2016年2月から3月にかけ、トータル15日間に渡って行われました。またイエイヌはDogs Trust Darlingtonに暮らす64頭。メス21頭+オス43頭、純血種43頭+非純血種21頭という内訳で、観察は2016年8月から11月にかけトータル21日間に渡って行われました。
 被験動物たちの表情を効率的に引き出すため、さまざまな外部刺激が用いられました。視覚的刺激の例は頭上の飛行物体や生活エリア内に置かれた新奇物など。聴覚的刺激の例は風の音、ウサギの救難信号、子馬の救難信号、リスの警戒信号、子犬のクンクン鳴き、キューキューなるおもちゃなどです。
 被験動物たちが刺激の方向に注意を向けた瞬間から注意を反らせた瞬間までを10秒未満の短いビデオクリップとして記録し、最終的にオオカミを主体とした559クリップ、イエイヌを主体とした753クリップをデータとして得ました。
 得られた映像データはその道の専門家が目視確認し、感情状態(9つ)、感情価(ポジティブ/ネガティブ)、アクションユニット(DogFACSベース)をコーディングしていきました。DogFACSとは表情筋の動きから犬の表情を43種類に分類するシステムのことです。

調査結果

 被験動物の置かれた状況から確定された実際の感情状態と、表情から予見された感情状態を比較し、表情による予見の正確性が算出されました。その結果が以下で、横軸が「実際」、縦軸が「予見」を示しています。
オオカミの表情と感情の予見正確性
オオカミの表情と感情の予見正確性
イエイヌの表情と感情の予見正確性
イエイヌの表情と感情の予見正確性  予見の正確性だけを抽出して比較したところ、「友好」と「喜び」という感情状態を除き、すべてオオカミ>イエイヌという勾配が認められました。このことは「概してオオカミの方が表情がわかりやすい」ことを意味しています。 表情を元にした感情の予見性・イエイヌvsオオカミ Domestication constrains the ability of dogs to convey emotions via facial expressions in comparison to their wolf ancestors
Hobkirk, E.R., Twiss, S.D. , Sci Rep 14, 10491 (2024), DOI:10.1038/s41598-024-61110-6

危険をはらむ「感情の誤認」

 犬とオオカミを比較した場合、人間との共同生活が圧倒的に長いのは犬の方です。普通に考えれば、表情を通じて人間に感情を伝える能力は犬の方が高いはずですが、どういうわけか実際にはオオカミの方が感情の表出能力に長けていることが明らかになりました。この逆転現象には、イエイヌに対して人間が行った選択繁殖による顔面頭部の形態学的な変化が関わっています。 人間の選択繁殖で作出された犬のさまざまな頭蓋タイプ

頭蓋形状による表情の違い

 人間の選択繁殖により、イエイヌには中頭種や短頭種といったオオカミにはない頭蓋形状が生み出されました。その結果、表情筋の大きさや収縮幅に制限が加わり、結果として表情の作出能力にも限界が生じた可能性があります。

鼻皺・上唇挙上

 鼻筋にシワを寄せたり(AU109)、上唇を挙げて犬歯を誇示する(AU110)表情は口吻(マズル)周辺で行われます。マズルの短い中頭種や短頭種では十分な筋収縮が起こらず、感情を誤認されてしまうかもしれません。
「怒り」時における表出率
  • オオカミ:80%(89/111)
  • イエイヌ:34%(25/73)

臭い嗅ぎ

 鼻腔を動かしてクンクンと匂いを嗅ぐ表情(AD40)にもマズルの長さが関係しています。
「興味」時における表出率
  • オオカミ:46%(40/87)
  • イエイヌ:17%(47/278)

軟部組織による表情の違い

 人間の選択繁殖により、イエイヌの軟部組織(耳・唇・まぶたなど)にも形態的に大きな変化がもたらされました。その結果、組織を動かす筋肉に制限が加わり、結果として表情の作出能力にも限界が生じた可能性があります。

眉を寄せる

 眉毛の内側を内上方に挙上する(AU101)表情に関してはオオカミより犬の方が得意であることが先行調査で示されています。理由は内側眼角挙筋内側眼角挙筋(levator anguli oculi medialis, LAOM)と呼ばれる筋肉が発達しているためです。 犬とオオカミにおける表情の違いは選択繁殖の結果  いわゆる「困った顔」が人間の養護欲求を掻き立てるため、家畜化の流れの中で自然に選択されたのではないかと推測されています。 犬の「AU101」(眉の内側挙上)

耳介前倒

 耳介を前方に倒す表情(EAD101)は耳介周辺に付着した非常に細かい筋肉によって作り出されますが、垂れ耳犬種ではそもそもこの表情自体を作り出すことが困難です。また体の大きさに比して耳がやたらに大きい犬種でも動きが不明瞭になってしまうでしょう。こうした身体的な特徴が表情の作出能力を阻害する一因になっています。
「怒り」時における表出率
  • オオカミ:30%(57/190)
  • イエイヌ:12%(28/235)

耳介内転

 耳と耳の距離を詰める表情(EAD102)にもまた耳の形状や大きさが関わっています。
「好奇心」時における表出率
  • オオカミ:31%(15/48)
  • イエイヌ:12%(22/191)

下顎を下ろす

 下顎をおろして口を半開きにする表情(AU26)は、たるんだ唇(flews)をもつ犬種では非常にわかりにくくなります。例えばバセットハウンド、ボクサー、マスティフ系、ブルドッグ系などです。 たるんだ唇(flews)を持つ代表的な犬種
「怒り」時における表出率
  • オオカミ:29%(95/330)
  • イエイヌ:7%(34/488)
「恐怖」時における表出率
  • オオカミ:11%(36/330)
  • イエイヌ:2%(8/488)

舌露出

 ベロを露出する表情(AD19)もまたたるんだ唇によって視認性が悪くなります。
「怒り」時における表出率
  • オオカミ:29%(46/157)
  • イエイヌ:5%(13/241)

感情価の取り違えに注意

 犬の表情による予見正確性がとりわけ悪かった感情が「恐怖」で、正答率がわずか6.2%でした。この感情を「怒り」(31.2%)と誤認するのは、同じネガティブな感情価なのでまだ救いがあります。しかし「友好」(50%)という真逆の感情価と誤認してしまうと非常に危険です。一例としては、恐怖心を示している犬を「友好的だ!」と誤解した子供が近づき不用意にハグしてしまうと、顔面部に噛みつかれて大怪我を負ってしまうかもしれません。同じ理屈で「怒り」というネガティブな感情価を「友好」(11.7%)や「喜び」(11.7%)というポジティブな感情価と誤認してしまうパターンも大きな危険性をはらんでいます。
 今回の調査はあくまでも「表情」という限られた情報だけから感情を予見するという内容でしたが、実生活では表情のほか姿勢や声などもよく観察し、誰も幸せにならない咬傷事故を防ぐため安易な接近をしないよう注意が必要です。
犬と接する経験がまだ浅い子供では特に注意しましょう。 犬との正しいふれあい方