BARFに含まれる病原体
調査を行ったのはハンガリーにある獣医療大学のチーム。BARFを主食として給餌されている犬猫たちが、一体どのような病原体(細菌・寄生虫)に感染しているのかを便サンプルを通じて調べました。前提としてあるのは「便に排出される病原体はすべて食餌由来である」という仮説です。
- BARF
- BARFとはBiologically Appropriate Raw FoodもしくはBone And Raw Foodの略で、加熱処理をしていない生の素材を主体とした食事のこと。
調査対象
調査対象となったのはハンガリー国内の異なる地域に暮らしている、BARFを主食とする犬81頭と猫8頭(※詳細な選別条件不明)。2021年9月から2022年7月の期間、便サンプルを採取して光学顕微鏡による目視検査およびPCR検査によるDNA検出を行い、中に含まれる病原体の種類を特定しました。併せて飼い主へのアンケート調査も行われました。
調査結果
調査の結果、2種類の検査法のうち少なくともどちらか一方で病原体が検出された割合が、犬で7.4%(6/81)、猫で37.5%(3/8)となりました。陽性と出た犬6頭の具体的な内容は以下です。
Tuska-Szalay, B., Papdeak, V., Vizi, Z. et al., Parasitol Res 123, 114 (2024), DOI:10.1007/s00436-024-08124-1
陽性犬
- 犬1
●目視とPCRでD. dendriticum陽性
●生肉:ウシ、ラム、ヒツジ、ウサギ、ウマ、狩猟動物、ガチョウ
●内臓:反芻動物とウサギの肝臓、脾臓、腎臓 - 犬2
●目視とPCRでD. dendriticum陽性
●生肉:ウサギ、ウマ、ガチョウ
●内臓:ウマとウサギの肝臓、脾臓、腎臓 - 犬3
●目視でのみC. canis陽性
●生肉:ラム、チキン、ウサギ、狩猟動物、魚
●内臓:チキンとラムの腎臓 - 犬4
●目視でのみC. ohioensis-like sp.およびE.
stiedai陽性
●生肉:ウシ、ラム、ウサギ、ウマ、アヒル、狩猟動物
●内臓:反芻動物とウサギの肝臓、脾臓、腎臓 - 犬5
●目視とPCRでD. dendriticum陽性
●生肉:ウシ、チキン、七面鳥、魚
●内臓:ウシの肝臓、脾臓、腎臓 - 犬6
●目視でのみSarcocystis sp陽性
●生肉:ウシ、チキン
●内臓:チキンの肝臓、脳幹
Tuska-Szalay, B., Papdeak, V., Vizi, Z. et al., Parasitol Res 123, 114 (2024), DOI:10.1007/s00436-024-08124-1
感染→環境汚染という負の連鎖
BARFが原因と考えられる健康被害としては甲状腺機能亢進症、消化管穿孔、歯牙破折などが報告されています。また病原体に感染し、便などを通じて外界に排出してしまうリスクも少なからずあります。今回の調査により新たな知見が加わりました。
BARFによる感染症
以下はBARFによって感染する可能性がある病原体の一覧です。
- 仮性狂犬病ウイルス生の豚肉を食することでSuid Herpesvirus 1に感染し、仮性狂犬病(オーエスキー病, Aujeszky's disease)を発症する。
- 食中毒菌サルモネラ、カンピロバクター、エルシニア、リステリア・モノサイトゲネス、大腸菌などに感染すると食中毒が引き起こされる。最後の大腸菌に関しては薬剤耐性菌の懸念もある。
- アピコンプレクス門原虫シストイソスポーラ、クリプトスポリジウムなど。
- トキソプラズマ畜産動物(鶏肉・牛肉・羊肉・豚肉)の筋肉内に潜伏しているToxoplasma gondiiを摂食することでトキソプラズマ症を引き起こす。
- ネオスポラ・カニナム犬が終宿主。牛の胎盤、胎子、野生反芻動物の神経組織を含んだひき肉などを摂食することで感染しネオスポラ症を引き起こす。
- ザルコシスティスシストは雑食動物や草食動物の横紋筋に含まれており、ザルコシスティス症は人間にも発症リスクがある。
- 吸虫サケを代表格とした魚の体内に含まれるNanophyetus salmincolaによるオピストルキス症
- 条虫広節裂頭条虫、エキノコックス(有蹄類の内臓)
- 蠕虫アニサキス、腎虫、旋毛虫(トリヒナ)。旋毛虫は加熱不足のブタ、イノシシ、ウマ肉を摂食して感染しトリヒナ症を引き起こす。
環境汚染と感染拡大の危険性
メス犬を対象としてドイツで行われた先行調査ではN. caninumが、そして犬猫向け生肉主体食(RMBD)を対象としてオランダで行われた汚染調査ではSarcocystis cruzi、Sarcocystis tenella、T. gondiiが検出されています。しかし今回の調査では上記した病原体は目視検査でもPCR検査でも認められませんでした。その代わり、これまでリスクとして認識されていなかった以下の病原体への懸念が高まる結果となりました。
Eimeria stiedae
1件だけですが、犬の便から目視検査でアイメリア(Eimeria)属のEimeria stiedaeが検出されました。これはウサギコクシジウムとして知られる原虫で、便に含まれる感染性の胞子形成オーシストを経口摂取することにより感染が成立します。高齢ウサギの多くが抵抗性である一方、離乳したばかりの幼獣では罹患率・死亡率ともに高くなります。症状は食欲不振、元気喪失、下痢による肛門周囲の汚れ、肝腫大による腹部膨満などです。
ウサギコクシジウムは経口感染ですので、犬とウサギが同居しているような飼育環境では何らかのきっかけで犬の便に触れてしまうかもしれません。また一層危険と思われるのは通称「うさんぽ」と呼ばれるウサギの屋外連れ出しです。 環境中に犬の便が放置されている場合、ウサギがうっかり摂食(接触)してしまう可能性は否定できないでしょう。そしてウサギが感染していることに気づかず子ウサギが生まれると、親の便を通じてウサギコクシジウムを体内に摂り込んでしまう危険が生まれます。たとえ親が無症状でも、免疫が十分発達していない幼獣では死んでしまう危険性すらあります。
ウサギコクシジウムは経口感染ですので、犬とウサギが同居しているような飼育環境では何らかのきっかけで犬の便に触れてしまうかもしれません。また一層危険と思われるのは通称「うさんぽ」と呼ばれるウサギの屋外連れ出しです。 環境中に犬の便が放置されている場合、ウサギがうっかり摂食(接触)してしまう可能性は否定できないでしょう。そしてウサギが感染していることに気づかず子ウサギが生まれると、親の便を通じてウサギコクシジウムを体内に摂り込んでしまう危険が生まれます。たとえ親が無症状でも、免疫が十分発達していない幼獣では死んでしまう危険性すらあります。
槍形吸虫
陽性反応が出た犬猫9件中6件(66.7%)という非常に高い割合で検出されたのが槍形吸虫(Dicrocoelium dendriticum)です。陽性率は犬で50%(3/6)、猫で100%(3/3)でした。これは大型哺乳類の肝臓に寄生して胆管炎や肝炎などを引き起こす寄生虫で、貝やカタツムリを第1中間宿主、アリ類を第2中間宿主、反芻動物を終宿主とすると考えられています。
陽性反応が出た犬猫ではウシやヒツジが食事に含まれていましたので、おそらくこれらの畜産肉を通じて感染したものと考えられます。また感染を他の動物に広げてしまう危険性もゼロではありません。例えば槍形吸虫に感染した犬や猫が虫卵を含む便を屋外に放置すると草やアリが汚染され、さらにその草やアリを別の犬や猫が食べてしまうなどです。犬でも猫でも草を食べるという行為は頻繁に観察されますので、知らないうちに寄生虫の生活環を手助けしていることになります。またアリを摂取すると人間を含む反芻動物以外も終宿主になる可能性があるため、決して他人事では済まされません。
人における症状は軽度場合で胆道疝痛、腹部膨満感、下痢。重度の場合で胆管周囲における線維組織の形成、胆管および胆管上皮の肥大、肝臓の肥大、肝炎、肝硬変などです。
人における症状は軽度場合で胆道疝痛、腹部膨満感、下痢。重度の場合で胆管周囲における線維組織の形成、胆管および胆管上皮の肥大、肝臓の肥大、肝炎、肝硬変などです。
調査チームは「BARFをやめろ」とまでは言っていませんが、給餌する前に少なくとも2~3日は冷凍保存し、寄生虫を死滅させることを強く推奨しています。