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犬も高病原性鳥インフルエンザウイルスH5N1に感染するのか?

 高病原性鳥インフルエンザウイルスは文字通り「鳥」に感染する病原体です。しかし種特異性はそれほど高くなく、人を始めとした哺乳動物にも感染できます。残念ながら犬も例外ではありません。

犬のH5N1感染症例

 高病原性鳥インフルエンザウイルスは肺以外の臓器にも感染し、重度の全身性症状を引き起こす病原体。特に「A/H5N1」と呼ばれる亜型は1996年東南アジアで発生して以来アフリカ、ヨーロッパ、北南米など世界各地で大小の流行を繰り返しており、鳥以外にもヒトを含めた哺乳動物に感染することが確認されています。感染ルートは生肉もしくは冷凍肉の経口摂取および感染動物との直接的接触で、発症した際の死亡率はときに50%を超えます。
 鳥以外の動物では猫における感染例が散発的に報告されているものの、犬における自然感染例は極めて少なく、過去数例しか報告がありません。今回、ポーランド・ワルシャワ大学により、A/H5N1を原因とする犬のレアケースが報告されましたのでご紹介します。
 2023年6月、推定16歳のオス犬(未去勢・非純血種・7 kg)が長引く乾性咳と軽度の漿液性鼻汁を主訴として動物病院を受診した。診察の末、ケンネルコフが疑われたためそれに合わせた投薬治療を行ったが、2日たっても改善が見られず、乾性咳は逆に悪化した。改めて鑑別診断するため精密検査を行ったが、血液検査でヘマトクリット(36.6%)と赤血球数(5.16 M/μL)以外異常は見られず、エックス線検査で肺に異常は見られなかった。
 一方、インフルエンザウイルスAの抗原テストおよびPCRでA/H5N1陽性反応が出たことから、鳥インフルエンザウイルス感染症の可能性が浮上。感染が判明した頃にはすでに受診から18日が経過しており、その後無事に退院することができた。
 患犬は受診の1週間前に郊外から引き取られたが、新しい家に来てからはドライフードのみで、生だろうと冷凍だろうと鶏肉は口に入れていなかったという。周辺地域で鳥インフルエンザの報告はなく、最寄りの感染地域は200~270 kmとかなり離れた場所だった。
Upper Respiratory Tract Disease in a Dog Infected by a Highly Pathogenic Avian A/H5N1 Virus
Szalus-Jordanow, O.; Golke, A.; Dzieciatkowski, T.; Czopowicz, M.; Kardas, M.; Mickiewicz, M.; Moroz-Fik, A.; Lobaczewski, A.; Markowska-Daniel, I.; Frymus, T., Microorganisms 2024, 12, 689, DOI:10.3390/microorganisms12040689

鳥→犬→人の飛び石感染

 A/H5N1は鳥以外では猫、キツネ、ミンク、タヌキなど、主に家禽類を捕食する可能性がある肉食動物に感染することがわかっています。

イヌ科動物とA/H5N1

 A/H5N1のイヌ科動物への感染性に関してはキツネおよびイエイヌにおける自然感染例と実験感染例が報告されています。
 キツネを対象とした実験では被験動物を2つのグループに分け、一方は気管経由で、他方は汚染肉を通じて経口的にA/H5N1に感染させました。その結果、気管グループでは重度の呼吸器(肺炎)および全身症状(心筋炎・脳炎)が引き起こされたのに対し、経口グループではウイルスを排出するだけでほぼ症状が出なかったといいます。
 犬を対象とした感染実験ではA/H5N1が呼吸器症状を引き起こす可能性が確認されています。また自然感染例はタイに暮らす1歳の犬がウイルス汚染されたアヒル肉を摂食した後死亡したのが唯一で、それ(2004年)以降は報告がありませんでした。

犬が病原巣になる危険性

 イタリアで行われた先行調査では、A/H5N1の血清陽性犬が5頭確認され、ウイルスはPB2遺伝子内にT271A変異を有していたといいます。これは哺乳類に対する感染能を獲得したという意味です。
 今回の症例のようにウイルスが犬に感染して呼吸器系の症状を示した場合はまだ気づく可能性がありますが、何の症状も示さないままキャリアになる可能性も同時にあります。犬と人は生活環境を共有していますので、犬を架け橋としてウイルスが鳥から人へ伝播するリスクを否定できません。
 調査チームはA/H5N1の流行地域では、呼吸器症状を示した犬の鑑別診断に鳥インフルエンザウイルス感染症を入れること、および無症候性キャリアになる危険を避けるため犬を不用意に家禽類(生体・肉)に近づけないことを推奨しています。

日本におけるH5N1発生状況

 厚生労働省の発表によると、直近令和5年、国内で発生した鳥インフルエンザは20都道県72事例に達しています。そしてH5N3の1例、H5N6の1例、H5の5例を除き、すべてがH5N1で占められています(91%)。 国内における野鳥での鳥インフルエンザ発生状況 令和5年における日本国内の鳥インフルエンザ発生状況マップ  幸い、犬における感染事例はおろか人における事例も発生していないようですが、危機管理の観点からは「犬にも感染しうる」と想定したほうが良いでしょう。厚生労働省では以下のような注意喚起を行っています。
✅鳥との接触を避け、むやみに触らない。
✅生きた鳥が売られている市場や養鶏場にむやみに近寄らない
✅手洗いの励行 H5N1の発生地域では鳥と犬の接触を避けること