発声者の性別と犬の反応性
調査を行ったのはハンガリーにある自然科学研究センターを中心としたチーム。音響学的に似ていることが確認されている赤ちゃん向け言葉(マザリーズ)とペット向け言葉(ペティーズ)が、犬の脳内でどのように処理されているのかを確認するため、覚醒状態の犬とfMRIを用いたリアルタイムのモニタリングが非侵襲的に行われました。
調査対象と方法
調査に参加したのは5種とミックスからなる19頭の犬たち。平均年齢は6歳(2~10歳)でオス11頭+メス8頭という内訳です。犬たちはすべて男女の声を聞き慣れており、うち16頭は同居家族に男性と女性が含まれています。また実験に先立ち、犬たちにはMRI機器の中で寝そべったままじっとしている訓練が施されました。
ボイスサンプルとしては犬に向けた発声、幼児に向けた発声、大人に向けた発声が長さを揃えて各24パターン(女性の声12+男性の声12)用意されました。発声の状況は全てポジティブなものでネガティブな感情価(悲しい・苦しい・怒り etc)は排除されています。
MRI実験では上記3種に「無音」を含めた合計4種の音響サンプルを、8回ずつ犬に聞かせました(合計32サンプル/所要時間約7分)。性別属性のない無音を除き、犬の反応パターンは以下の6つになります。
fMRIでは音の処理に関連した脳の部位である両側一次聴覚野(左右の中シルビウス外回=L/R mESG)、皮質下領域(後丘~内側膝状体=CC/MGB)、副次(二次)聴覚野(シルビウス外回腹側~側頭極=cSG/TP)が重点的にモニタリングされました。
MRI実験では上記3種に「無音」を含めた合計4種の音響サンプルを、8回ずつ犬に聞かせました(合計32サンプル/所要時間約7分)。性別属性のない無音を除き、犬の反応パターンは以下の6つになります。
男性の声
幼児向け
犬向け
大人向け
女性の声
幼児向け
犬向け
大人向け
調査結果
脳内の活性部位をモニタリングした結果、二次聴覚野に含まれる左シルビウス回の尾側と吻側の移行領域(L c/rSG)におけるクラスターが確認されたと言います。
この現象は男性声でも女性声でも見られましたが、特に女性が誇張音律を発したときに顕著になりました。L c/rSGにおける反応の大きさを比較した場合、統計的に有意な差が認められたのは以下です。
Gergely, A., Gabor, A., Gacsi, M. et al., Commun Biol 6, 859 (2023), DOI:10.1038/s42003-023-05217-y
発声者による犬の反応
- 犬向け>大人向け
- 犬向け(女声)>大人向け(女声)
- 幼児向け(女声)>大人向け(女声)
- 犬向け+幼児向け(女声)>大人向け(女声)
受話者と音響因子の変化
- F0平均
- F0分散
- F0変化
- スペクトル重心
- ハーモニシティ
- ジッタ長
- コール長
Gergely, A., Gabor, A., Gacsi, M. et al., Commun Biol 6, 859 (2023), DOI:10.1038/s42003-023-05217-y
犬はなぜ高い声に反応する?
犬の脳内にある副次聴覚野は、犬や幼児に向けて発せられる誇張された音律に大きく反応することが明らかになりました。また音律の中でも高い基本周波数(高い声)と周波数の広い変動幅(声の高さの上下動)が反応を誘起するようです。
女性の声が好き?
発話者が女性である時、犬の聴覚野における反応が大きくなりやすいことが明らかになりました。犬は女性の声が好きなのでしょうか?
人の幼児を対象とした調査では、男性より女性の声に対しより敏感に反応するとされています。仮説としては「子宮内で母親の声を聞く機会が多いため生まれてからも反応しやすくなる」というものがあります。犬でも幼児と同様、女性声に対し大きな反応を示しましたが、人間の女性から産まれた犬はいませんので当調査で確認された男女差の説明にはなりません。
また授乳などを通じ、産まれてから頻繁に耳にする声は女性のものであるから反応しやすくなるという説もあります。しかし犬の耳道はそもそも3週齢まで閉じていますので、出生直後の音声曝露説も説得力に欠けます。
人の幼児を対象とした調査では、男性より女性の声に対しより敏感に反応するとされています。仮説としては「子宮内で母親の声を聞く機会が多いため生まれてからも反応しやすくなる」というものがあります。犬でも幼児と同様、女性声に対し大きな反応を示しましたが、人間の女性から産まれた犬はいませんので当調査で確認された男女差の説明にはなりません。
また授乳などを通じ、産まれてから頻繁に耳にする声は女性のものであるから反応しやすくなるという説もあります。しかし犬の耳道はそもそも3週齢まで閉じていますので、出生直後の音声曝露説も説得力に欠けます。
本能的な反応?
女性という性別ではなく、「高い声」という音響的な特徴が犬の反応を大きくしたのでしょうか?
動物はそもそも高い声に反応しやすい側面を持っています。声が高いということは体が小さいということですので、声の主が「自分より弱い獲物」もしくは「保護を必要とした幼獣」という可能性が大きくなります。自分や子孫の生命に直結している重大事項ですので、いずれにしてもアクションに結びつきやすくなるでしょう。この観点でいうと、犬が本能的に高い声に反応するという仮説には一理あります。
一方、人間に育てられたオオカミではローピッチのイントネーションに反応しやすいのに対し、まったく同じ環境で育てられた犬は高い声に反応しやすいという報告があります。こうした動物種の違いを考慮すると、本能だけではなく家畜化の過程で「人間の指示に対する反応性の良さ」といった選択圧がかかり、高い声に反応しやすい個体が優先的に選別された可能性を否定できません。調査チームもこの本能+家畜化による二段階強化説を有力視しています。
動物はそもそも高い声に反応しやすい側面を持っています。声が高いということは体が小さいということですので、声の主が「自分より弱い獲物」もしくは「保護を必要とした幼獣」という可能性が大きくなります。自分や子孫の生命に直結している重大事項ですので、いずれにしてもアクションに結びつきやすくなるでしょう。この観点でいうと、犬が本能的に高い声に反応するという仮説には一理あります。
一方、人間に育てられたオオカミではローピッチのイントネーションに反応しやすいのに対し、まったく同じ環境で育てられた犬は高い声に反応しやすいという報告があります。こうした動物種の違いを考慮すると、本能だけではなく家畜化の過程で「人間の指示に対する反応性の良さ」といった選択圧がかかり、高い声に反応しやすい個体が優先的に選別された可能性を否定できません。調査チームもこの本能+家畜化による二段階強化説を有力視しています。
犬の名前は高い声で呼ぼう
赤ちゃん言葉とペット言葉の共通要素は高いピッチ、広いピッチレンジ、多様なピッチ変化、誇張された母音などです。今回の調査により、中でも「高いピッチ」が側頭極の活性化と密接に関わっていることが明らかになりました。
犬を対象とした先行調査では、この側頭極が同種の声や飼い主の声に強く反応することが報告されています。名前を呼んでもなかなか犬がこちらを向いていないときは、意識的に声を少し高めにすると犬の注意を効果的に引けるかもしれません。特に男性は声が低い(F0が低い)ため、女性や子供より注意喚起力が弱いと考えられます。恥ずかしがらずに赤ちゃん言葉を用いればより円滑なコミュニケーションも可能になるでしょう。
犬を対象とした先行調査では、この側頭極が同種の声や飼い主の声に強く反応することが報告されています。名前を呼んでもなかなか犬がこちらを向いていないときは、意識的に声を少し高めにすると犬の注意を効果的に引けるかもしれません。特に男性は声が低い(F0が低い)ため、女性や子供より注意喚起力が弱いと考えられます。恥ずかしがらずに赤ちゃん言葉を用いればより円滑なコミュニケーションも可能になるでしょう。
犬の年齢が若いほど赤ちゃん言葉(ペット言葉)に反応しやすいという先行調査の報告もあります。いろんな側面で人間と似ていますね。