犬の咬傷事故と環境因子
犬の咬傷事故と外的要因との関連性を調査したのはアメリカにあるハーバード大学メディカル・スクールを中心としたチーム。2009~2018年の期間中、全米8都市にある動物管理局に報告された咬傷事故に関する統計データを集めると同時に、公的機関から環境に関する様々な変数データを収集して双方の関連性を検証しました。下記「PM2.5」とは直径2.5μm(1mmを千等分した目盛り2.5個分)以下で大気中を浮遊している超微粒子のことです。
さらに犬の咬傷事故と環境因子を統計的に精査したところ、以下のような関係性が認められたといいます。
また外気温、紫外線、オゾンの相互作用を調べましたが、3つの変数はそれぞれ独立していることが明らかになりました。 The risk of being bitten by a dog is higher on hot, sunny, and smoggy days
Dey, T., Zanobetti, A., Linnman, C. , Sci Rep 13, 8749 (2023), DOI:10.1038/s41598-023-35115-6
8都市
- テキサス州:ダラス+ヒューストン
- メリーランド:ボルチモア
- ルイジアナ:バトンルージュ
- イリノイ州:シカゴ
- ケンタッキー州:ルイビル
- ニューヨーク州:ニューヨーク
- カリフォルニア州:ロサンゼルス
環境変数
- 外気温:最高気温
- 紫外線量:紫外線指数
- 降水量:NOAAデータ
- オゾン:8時間平均値(ppm)
- PM2.5:1日平均(μg/m3)
- 暦:平日・休日・祝日
- 天候:雨・曇・晴など
さらに犬の咬傷事故と環境因子を統計的に精査したところ、以下のような関係性が認められたといいます。
咬傷事故と環境因子
- 正の関係外気温・紫外線量・オゾン量
- 負の関係雨天・休日
- 無関係PM2.5
また外気温、紫外線、オゾンの相互作用を調べましたが、3つの変数はそれぞれ独立していることが明らかになりました。 The risk of being bitten by a dog is higher on hot, sunny, and smoggy days
Dey, T., Zanobetti, A., Linnman, C. , Sci Rep 13, 8749 (2023), DOI:10.1038/s41598-023-35115-6
無視できない環境因子
今回の調査は犬の側の変数(犬種・体の大きさ・性別・不妊手術の有無)、人の側の変数(年齢・犬の飼育歴・事故が起こった場所や状況)が完全に度外視されていますので、データとしてはかなりざっくりとしたものになります。
とはいえ危険因子として無視できない項目がいくつか浮かび上がってきました。
とはいえ危険因子として無視できない項目がいくつか浮かび上がってきました。
外気温
アカゲザル、ラット、マウスを対象とした調査では、高い外気温と攻撃性の連動が確認されています。また人間においても「不快指数」という指標があり、気温が高くなるとイライラして怒りっぽくなることは誰でも経験があるでしょう。
犬を対象とした先行調査でも、暑い季節が咬傷事故の増加に寄与している可能性が示唆されていますので、犬が凶暴になる危険因子としての「外気温」は無視できないと考えられます。
犬を対象とした先行調査でも、暑い季節が咬傷事故の増加に寄与している可能性が示唆されていますので、犬が凶暴になる危険因子としての「外気温」は無視できないと考えられます。
紫外線
マウスや人間の男性を対象とした調査では、紫外線量と攻撃性や性ステロイドレベル(テストステロン)との間に相関があることが確認されています。
当調査のデータでは犬の性別が不明ですが、紫外線量の増加がオス犬の行動を変容させた可能性は大いにあります。
当調査のデータでは犬の性別が不明ですが、紫外線量の増加がオス犬の行動を変容させた可能性は大いにあります。
オゾン
オゾン量の変化が人間の暴力犯罪と関連していることは古くから示されています。また200ppbのオゾンに4時間曝露する実験でも、8-イソプロスタン(リン脂質が活性酸素によってランダムに酸化されることで合成されるエイコサノイドの一種)が79%増加することが確認されています。ちなみに8-イソプロスタンは脳の交感神経で感情が上手に調節されないために理性喪失し、言語的・身体的な暴力に走ってしまう「間欠性爆発性障害」の発症と関わりがあるとされる物質です。
さらにげっ歯類を対象とした調査ではオゾンレベル、ヒートストレスおよびそれらのコンビネーションが認知機能の低下と神経炎症を促進することが報告されており、大脳基底核におけるドーパミン作動性機能を介して攻撃行動を増加させる可能性が示されています。
その他、気道内酸化ストレスによる肺機能低下、血清アミロイドA・インターロイキン6や8・HPAの活性化、脳内(中脳や線条体)における神経伝達物質(ドーパミン・ノルアドレナリン)の生成量変化など、オゾンと行動変容を結びつけるさまざまなメカニズムが想定されています。
さらにげっ歯類を対象とした調査ではオゾンレベル、ヒートストレスおよびそれらのコンビネーションが認知機能の低下と神経炎症を促進することが報告されており、大脳基底核におけるドーパミン作動性機能を介して攻撃行動を増加させる可能性が示されています。
その他、気道内酸化ストレスによる肺機能低下、血清アミロイドA・インターロイキン6や8・HPAの活性化、脳内(中脳や線条体)における神経伝達物質(ドーパミン・ノルアドレナリン)の生成量変化など、オゾンと行動変容を結びつけるさまざまなメカニズムが想定されています。
暑い日は犬に要注意
当調査で示された「外気温」「紫外線」「オゾン」と咬傷事故件数の増加が、果たして因果関係なのか、それとも単なる見せかけの関連性なのかは判断が難しいところです。
関連性 ≠ 因果関係
関連性と因果関係は別物です。例えば外が暑いと薄着になり、噛まれたときに重症化しやすくなります。その結果、実際の発生件数は1年中同じでも、太陽が陰って厚着をしている時期より太陽が照りつけて薄着の時期の方が、報告件数が伸びるという現象が生じます。この場合、事故件数の変動要因が「人の着衣」であるにも関わらず、「外気温」が直接的な原因であるかのような錯覚に陥ります。
外気温だけは常にチェック
真の原因なのか見かけ上の原因なのかはさておき「外気温」という項目だけは危険因子として覚えておいた方が良いでしょう。
外気温は犬の熱中症の紛れもない危険因子ですので、太陽光が強い日中の外出を避け、温度管理された室内にいれば、熱中症のリスクも咬傷事故のリスクも同時に避けることができます。