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小型犬に多い逆くしゃみの疫学~症状・原因から治療法まで

 犬が突如として鼻から大きな騒音を出し、苦しそうな息遣いをすることがあります。便宜上「逆くしゃみ」などと呼ばれるこの状態は放置しても問題ないのでしょうか?

犬の逆くしゃみの疫学

 逆くしゃみ(Reverse Sneezing)とは鼻咽頭部への侵害刺激をトリガーとして引き起こされる吸気反射の一種。大きな騒音を伴う発作的な吸気と呼吸困難を特徴とします。
犬の逆くしゃみ
逆くしゃみ持続時間は数秒~数十秒程度で、発作を起こした動物は時に肘を引き込んで頚部を伸ばします(起座呼吸)。 元動画は→こちら
 1977年に最初の症例報告がなされて以来いくつかの仮説が提唱されてきたものの、明白な発症メカニズムが未だに解明されていない奇妙な現象の1つです。非進行性で健康な個体にも起こりうるため、臨床上はあまり重視されていません。
 今回の調査を行ったのはスペインにあるムルシア大学獣医学部のチーム。犬で見られる逆くしゃみの危険因子や予見因子を検証するため、2006年2月から2020年7月までの期間 に蓄積された大学の医療データを回顧的に参照しました。最初のスクリーニングでは114頭が該当しましたが、医療データ不足(頭頚部のエックス線検査 | 気道の内視鏡検査 | 細胞組織学的検査 | 細菌培養)などで弾いていった結果、最終的には30頭が解析に回されました。主な結果は以下です。

患犬の特徴

 患犬30頭は平均5.1歳、平均9.9kg、メス53%という内訳で、性別や不妊手術の状態に偏りは見られませんでした。一方、明白な偏りが見られたのは体の大きさで、体が小さいほど全体に占める割合が大きくなっていきました。 逆くしゃみを発症した犬~体格別に見た比率グラフ
  • 超小型=50.0%
  • 小型=26.7%
  • 中型=16.7%
  • 大型=6.7%

逆くしゃみの症状

 逆くしゃみを主訴として受診した割合は66.7%、逆くしゃみ以外に何らかの症状を示していた割合は63.3%でした。その他の症状として多かったのは以下です(※複数回答)。 逆くしゃみを発症した犬における付随症状一覧
  • 咳=52.6%
  • 運動不耐=42.1%
  • 鼻汁=36.8%
  • えづき=33.3%
  • 嘔吐=33.3%
  • くしゃみ=31.6%
  • 呼吸時騒音=25.0%
  • 摂食困難=16.7%
  • 流涎過多=16.7%
 症状の継続期間に関しては15~90日が23.3%、3~6ヶ月が20%、6ヶ月以上が40%と、半年以上断続的に続く慢性タイプが最多を占めていました。また発作の発症頻度に関しては「とても頻繁(1日1回以上)」が26.7%、「頻繁(週に1回以上)」が33.3%、「たまに(週に1回未満)」が16.7%という割合でした。

逆くしゃみの原因

 身体検査、画像検査、血液検査、内視鏡検査などを通じて30症例を原因別に大別したところ以下のような割合になりました。
犬の逆くしゃみの原因
犬の逆くしゃみの原因
  • 異物10%(3頭)・後鼻孔異物=2頭
    ・鼻孔異物=1頭
  • 気道の炎症性病変56.7%(17頭)・鼻咽頭部の炎症=15頭
    ・好酸球性気管支炎=2頭
  • 解剖学的機能障害26.7%(8頭)・軟口蓋の伸長=3頭
    ・頚部気管の虚脱=2頭
    ・咽頭の過敏と虚脱=2頭
    ・後鼻孔閉鎖=1頭
 残り6.6%(2頭)に関しては原因を特定することができませんでした。

逆くしゃみの治療

 36.7%(11頭)では糖質コルチコイドの経口投与もしくは吸引、40%(12頭)では糖質コルチコイドと抗生物質の同時処方が行われました。何らかの治療を受けた23頭のうち、追跡調査(6ヶ月未満4頭+6ヶ月以降19頭)で症状の消失が確認された割合は39%、症状が消えないまま継続した割合は61%でした。
Reverse Sneezing in Dogs: Observational Study in 30 Cases
Talavera, J., Sebastian, P., Santarelli, G., Barrales, I., Fernandez del Palacio, M.J. , Vet. Sci. 2022, 9, 665. DOI:10.3390/vetsci9120665

犬の逆くしゃみへの対応

 飼い犬が逆くしゃみを見せた場合、飼い主は放置してよいのでしょうか?それとも病院を受診すべきなのでしょうか。

逆くしゃみは原始反射?

 逆くしゃみの生理学的なメカニズムとしてよく引き合いに出されるのが咽頭部の原始反射です。
 動物を用いた実験では、鼻咽頭部に対する機械的および電気的な刺激で「疑咽頭反射(gag-like aspiration reflex)」もしくは「嗅ぐような吸引反射(sniff-like aspiration reflex)」と呼ばれる原始的な反応が引き起こされたと報告されています。この反応は呼気相を伴わない短くて痙攣的な吸引を特徴としていおり、神経学的には横隔神経、上喉頭神経、延髄の吸気ニューロンが関わっていると想定されています。
 またこの原始反射の適応的な意味としては、吸気筋が急激に収縮すると同時に呼気筋の抑制と喉頭蓋の開放が起こることで肺の中に強引に酸素を取り込み、心筋や脳への血液還流を促して卒倒を防ぐことなどが想定されています。

逆くしゃみは鼻すすり?

 獣医学の教科書では逆くしゃみと上記した原始反射を同一視しているものがあるものの、本当に同じものなのかをしっかり検証した文献はないようです。
 今調査チームも自己蘇生反応というより、鼻腔後部の異物を咽頭鼻部から咽頭口部に移動してそのまま飲み込むための苦肉の策ではないかと言及しています。人間でいうと、鼻の奥に迷い込んだ米粒がなかなか取れないため、一旦鼻をすすってベロの上に送り込むような感じです。犬は人間のように「ペッ」と吐き出すことができず異物をそのまま飲み込んでしまうため、原因がわからない飼い主は「一体どうしたんだ!?」と心配になって病院に駆け込んでしまうという訳です。

なぜ小型犬に多い?

 当調査では小型犬における高い比率が確認されました。スクリーニングの過程で除外された55頭でも小型犬が多かったこと、および先行調査でも15kg未満に多かったと報告されていることなどから考えると、体型が何らかの危険因子になっている可能性がうかがえます。一例としては、体型の小型化に伴って咽頭喉頭部が小さくなり、ちょっとしたきっかけで軟部組織や鼻腔異物が気道に引っかかりやすくなったなどです。
 ただし見かけ上の理由が完全に否定されたわけではありません。例えば小型犬の飼育率がそもそも多いからその比率がたまたま患犬比率に反映されたとか、小型犬は室内飼育されている割合が多いから症状に気づく飼い主の割合が連動して増えたといった説明も不可能ではありません。

逆くしゃみは放置してよい?

 医療データが不十分でドロップした症例が多かったことや、そもそも医療文献が少ないことなどから考え、逆くしゃみは臨床的にあまり重視されていないようです。
 当調査における逆くしゃみの原因は過半数が炎症性病変、約1/4が解剖学的機能障害、約1割が異物という内訳でした。臨床上は疾患とみなされず精密検査すら行われないケースもあるようですが、鑑別診断として鼻腔腫瘤、イヌハイダニ、ウイルス感染症、軟口蓋の喉頭蓋トラップなどがありますので、初見時は念のため動物病院を受診した方が安心でしょう。
 気休めや診断を兼ねて処方される糖質コルチコイドが奏功しない場合は、除外診断として逆くしゃみが残るという形になります。ただし「逆くしゃみ」という病名ではなく、「原因不明」を言い換えたものと解釈したほうが現実的です。
飼い犬が逆くしゃみを頻繁に見せる時はその様子を録画し、獣医さんに見せると診察がはかどります。