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ADHD犬との付き合い方~行動特性と神経伝達物質(セロトニン・ドーパミン)の深い関係

 衝動性、過剰な活動性、注意散漫を特徴とする「注意欠陥・多動性障害」(ADHD)。人の子供の5~10%で見られるとされますが、非常によく似た症候群は犬でも確認されており、最新の調査で神経伝達物質の一種であるセロトニンおよびドーパミンが発症に深く関わっている可能性が示されています。

ADHD(注意欠陥・多動性障害)とは?

 「注意欠陥・多動性障害」(ADHD)は、「衝動性」「過剰な活動性」「注意散漫」を特徴とする行動障害の一種。子供の5~10%が抱えており、大人においても「ケアレスミスが多い」「約束を守れない」「片付けるのが苦手」といった行動となって現れるとされています。
 神経画像検査では脳の側坐核、扁桃核、尾状核、海馬、被殻といった部位に縮小が見られることから、成熟遅延に伴う脳の器質的な疾患とする見方もあります。また関連する神経伝達物質としてはGABA、グルタミン酸、ヒスタミン、セロトニン、ドーパミンなどがあります。
 中でもドーパミンとの関連が深く、中脳皮質、中脳辺縁系、黒質線条体路におけるドーパミンの機能不全が報酬回路系に悪影響を及ぼし、正常な動機づけができなくなって行動に支障が現れると想定されています。またセロトニンがドーパミンの伝達を制御していることから、この物質のトランスポーター(輸送)やレセプター(受容)が細胞外におけるセロトニン濃度を変化させることで間接的に発症に関わっている可能性も示されています。

犬のADHDと神経伝達物質

 今回の調査を行ったのはスペインにあるサンティアゴ・デ・コンポステーラ大学を中心としたチーム。ADHDの動物モデルとして有力視されている犬を対象とし、発症に深く関わっているドーパミンおよびセロトニンと、実際の行動特性との間にある関連性を検証しました。

調査対象

 行動カウンセリングを受診した犬のほか、SNSを通じて広く候補犬たちを募り、最終的にADHDに似た症状(過活動性・衝動性・注意欠陥)を示す犬36頭と、比較対照の22頭が調査対象として選抜されました。
 なおADHDの具体的な徴候として設定された項目群は以下です。
注意欠陥
  • 1つのものから他の物に容易に注意が変わる
  • すぐに興味を失う
  • 集中力が持たない
  • 話しかけても集中できない
  • 練習した行動を再現できない
  • すぐに気が散る
過活動/衝動性
  • 一箇所にじっとしていられない
  • 延々と吠え続ける
  • もじもじと常に動いている
  • 遊びや走行にとめどがない
  • 食い気味に反応する
  • マテができない
  • 容赦ない噛みつき
  • 日中に眠らず夜間は頻繁に起きる
  • 攻撃的なジェスチャーを見せる

調査方法

 犬たちの行動特性を客観的に抽出するため、信頼度の高い3つのスケールが採用されました。
犬の特性指標
  • C-BARQ飼い主が100の質問に回答することで犬の行動特性14種を0~4までの5段階で評価する
  • DIASDog Impulsivity Assessment Scale の略。飼い主が18の項目の質問に回答することで犬の衝動性(行動制御能 | 攻撃性と新規なものへの反応 | 反応性)を評価する
  • DARSDog-ADHD rating scaleの略。人間向けのADHD質問票を犬向けにアレンジしたもの。注意欠陥、過活動性、衝動性に関連した質問に飼い主が4段階で回答していく
 犬に関しては動物行動医学の専門家が身体検査や行動評価を行った後、頸静脈から血清サンプルを採取し、中に含まれるセロトニンとドーパミンレベルを測定しました。

調査結果

 ADHDによく似た症状を示す犬(以下ADHD様犬)36頭および比較対照犬22頭の行動特性と、血液中に含まれていた神経伝達物質の濃度とを統計的に解析したところ、以下のような特徴が認められたといいます。

セロトニン濃度(ng/mL)

  • ADHDの症状ADHD様犬(311)<非ADHD様犬(477)
  • DIAS・総合スコア中央値超(304)<中央値未満(449)
    ・行動制御スコア中央値超(321)<中央値未満(428)
    ・攻撃スコア中央値超(334)<中央値未満(414)
  • DARS・活動衝動性スコア中央値超(303)<中央値未満(432)
  • C-BARQ・飼い主への攻撃性スコア中央値超(303)<中央値未満(401)
    ・犬に対する恐怖スコア中央値超(318)<中央値未満(449)
    ・非社会的恐怖スコア中央値超(319)<中央値未満(438)

ドーパミン濃度(ng/mL)

  • ADHDの症状・ADHD様犬(55)<非ADHD様犬(68)
  • DARS・活動衝動性スコア中央値超(56)<中央値未満(64)
  • C-BARQ・活力スコア中央値超(53)<中央値未満(65)

行動特性の関連因子

 多変量解析の結果、特定の行動特性との間に以下のような関連性が浮かび上がってきました。
ADHD様の確率が高い
  • セロトニンおよびドーパミンの血清濃度が低い
  • オス
  • 未手術
  • 若齢
DIAS総合スコアが中央値超
  • セロトニンおよびドーパミンの血清濃度が低い
  • オス
  • 未手術
DIAS行動制御スコアが中央値超
  • セロトニンおよびドーパミンの血清濃度が低い
  • 若齢
DIAS攻撃性スコアが中央値超
  • セロトニンおよびドーパミンの血清濃度が低い
  • オス
  • 飼育未経験
DARS活動衝動性スコアが中央値超
  • 血清セロトニン濃度が低い
C-BARQ犬への恐怖スコアが中央値超
  • 血清セロトニン濃度が低い
  • オス
  • 未手術
  • 2ヶ月齢未満で入手
  • 飼育未経験
C-BARQ対抗心スコアが中央値超
  • セロトニン濃度が低い
  • メス
  • 未手術
C-BARQ非社会性スコアが中央値超
  • セロトニン濃度が低い
C-BARQ接触感受性スコアが中央値超
  • セロトニン濃度が低い
  • 2ヶ月齢未満で入手
  • 体重が軽い
C-BARQ愛着スコアが中央値超
  • セロトニン濃度が低い
  • オス
  • 体重が重い
  • 活動的な犬ほど低い
C-BARQ活力スコアが中央値超
  • ドーパミンレベル濃度が低い
  • 若齢
Serotonin and Dopamine Blood Levels in ADHD-Like Dogs
Animals 2023, 13(6), 1037; Angela Gonzalez-Martinez et al., DOI:10.3390/ani13061037

ADHD犬の特徴

 犬の行動特性と血中の神経伝達物質濃度を解析した結果、人医学における知見と同様、ドーパミンおよびセロトニンがADHD様症状の発現と密接に関わっている可能性が浮かび上がってきました。

ドーパミンとADHD

 血清ドーパミン濃度が低い状態と以下の項目が統計的に関連していました。
  • ADHD様と診断される確率が高い
  • DIAS総合スコアが中央値超
  • DIAS行動制御スコアが中央値超
  • DIAS攻撃性スコアが中央値超
  • C-BARQ活力スコアが中央値超
 人医学においてはメチルフェニデート(ドーパミンおよびノルアドレナリン再取り込み阻害作用によって前頭前皮質や線条体を刺激し、脳機能の一部の向上や覚醒効果を主な作用とする精神刺激薬)の投与により、子供であれ大人であれADHD患者の70%程度が好転するとされています。
 またジャーマンシェパードを対象とした先行調査ではADHD様症状とチロシンヒドロキシラーゼ遺伝子およびDRD4遺伝子のエクソン3における変異が関連している可能性が示されています。チロシンヒドロキシラーゼはチロシンをジヒドロキシフェニルアラニン(DOPA)に変換する酵素で、DOPAはドーパミンの前駆体であり、これを元にノルアドレナリンとアドレナリンが生合成されます。またDRD4遺伝子はドーパミン受容体の一種であるD4受容体の形成に関わる遺伝子です。
 今回の調査結果と考え合わせると、ドーパミン濃度の低下がADHD様症状の発現に深く関わっていることが伺えます。

セロトニンとADHD

 血清セロトニン濃度が低い状態と以下の項目が統計的に関連していました。
  • ADHD様の確率が高い
  • DIAS総合スコアが中央値超
  • DIAS行動制御スコアが中央値超
  • DIAS攻撃性スコアが中央値超
  • DARS活動衝動性スコアが中央値超
  • C-BARQ犬への恐怖スコアが中央値超
  • C-BARQ対抗心スコアが中央値超
  • C-BARQ非社会性スコアが中央値超
  • C-BARQ接触感受性スコアが中央値超
  • C-BARQ愛着スコアが中央値超
 人医学においては反抗挑発症(権威を有する存在に対し否定で反抗的な行動を繰り返し起こすこと)を伴うADHDでは血清セロトニンレベルが低いとか、セロトニン作動性活動を増加させる薬によってADHD患者の症状が改善するといった報告があります。また犬を対象とした先行調査ではDIASの衝動性スコアが高い場合、尿中セロトニンレベルおよびセロトニン:ドーパミン比が低いとか、衝動的な攻撃性とセロトニン作動性システム低下との関連性が示されています。
 今回の調査結果と考え合わせると、セロトニン濃度の低下がADHD様症状の発現に深く関わっていることが伺えます。人におけるADHDの共存症としては攻撃性、不安症、恐怖症などがありますが、当調査でも攻撃性(DIAS攻撃性スコア)や恐怖症(C-BARQ犬への恐怖スコア)とセロトニンレベルの低下が関連していましたので、発症メカニズムに共通部分があるものと推測されます。

その他の先天因子

 人医学における知見と当調査結果を比べた結果、神経伝達物質以外にも共通部分がいくつか見られました。以下はその中で先天的と思われる項目です。

性別

 人間では統計的に男性(男児)に多いとされており、犬を対象とした先行調査でも同様の傾向が確認されています。当調査でもオスというジェンダーと以下の項目が統計的に関連していました。
  • ADHD様の確率が高い
  • DIAS総合スコアが中央値超
  • DIAS攻撃性スコアが中央値超
  • C-BARQ犬への恐怖スコアが中央値超
  • C-BARQ愛着スコアが中央値超

年齢

 人医学では年齢が若いほどADHDの発症リスクが高いとされています。当調査でも「若齢」と以下の項目が統計的に関連していました。
  • ADHD様の確率が高い
  • DIAS行動制御スコアが中央値超
  • C-BARQ活力スコアが中央値超

その他の後天因子

 人医学における知見と当調査結果を比べた結果、神経伝達物質以外にも共通部分がいくつか見られました。以下はその中で後天的と思われる項目です。

不妊手術

 犬を対象とした先行調査では不妊手術が過活動性のリスクファクターであるとの報告があったり、不妊手術でDIAS総合スコアが高くなったという報告があります。当調査では「未手術」という不妊ステータスと以下の項目が統計的に関連していましたが、結論付けにはさらなる調査が必要と調査チームは言及しています。
  • ADHD様の確率が高い
  • DIAS総合スコアが中央値超
  • C-BARQ犬への恐怖スコアが中央値超
  • C-BARQ対抗心スコアが中央値超

飼育環境

 後天的な飼育環境が発症に関わっている可能性が示されました。例えば飼い主の飼育経験値(未経験の場合DIAS攻撃性スコアが中央値超/C-BARQ犬への恐怖スコアが中央値超)や犬の入手時期(2ヶ月齢未満で入手した場合C-BARQ犬への恐怖スコアが中央値超/C-BARQ接触感受性スコアが中央値超)などです。

ADHD犬との付き合い方

 犬を人間社会になじませる際は大なり小なりしつけが必要になりますが、中には一般的な訓練法(古典的条件づけ・オペラント条件づけ)にうまく反応してくれない犬もいます。
 もし犬の注意欠陥・衝動性・過活動性の根底に脳の器質的な発達不全があるのだとしたら、必要となるのは「この馬鹿犬が!」と怒鳴りつけて暴力を振るうことではありません。また暴力主義の反動として「根気よく接すればどんな犬でもいい子になる!」という博愛平等主義を掲げる様子は見ていて清々しいですが、愛情だけで脳の構造を変えることが難しいこともあります。
 人間で見られるようなADHDが犬にもあるのだとすると、飼い主にとっても犬にとっても最も負担の少ない方法は、脳内におけるセロトニンやドーパミン濃度を薬理学的に高めることかもしれません。
 犬がADHDの徴候を示しており、しつけへの反応があまりにも悪い場合はまず運動量を増やしてみましょう。運動→セロトニンの生成増加→天然の抗不安というメカニズムを通して自然軽快する可能性があります。うまくいかない場合は、問題行動の専門医を受診してみてください。しつけ方法の間違いが見つかったり、試験的な投薬によって脳の器質的な特性が明らかになったりします。 犬と人間の「注意欠陥・多動性障害」(ADHD)に共通点あり
獣医でなければ薬の処方はできませんので、相談する際は獣医行動診療科認定医などの有資格者を選んでください。攻撃行動のしつけ直し