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犬にも「うれし泣き」はあるのか?~飼い主と再会する状況で涙の量が増える現象について

 人間は悲しいときにも嬉しいときにも涙を流し、後者は特に「うれし泣き」などと呼ばれます。別離を経験した後で飼い主と再会を果たした犬を観察したところ、上記うれし泣きとよく似た現象が起こることが明らかになりました。

犬の「うれし泣き」実験

 調査を行ったのは麻布大学を中心とした複数の大学からなる共同チーム。人間で言うところのうれし泣きが犬にもあるのかどうかを確かめるため、 飼い主との別離状況を経験した後で再会を果たした犬を対象とした4つの観察実験を行いました。

実験1:方法と結果

 調査に参加したのは臨床上健康かつ分離不安症を示していないペット犬18頭(平均7.78歳/メス15+オス3頭)。
 犬の流涙量を測るSST自宅もしくは犬が頻繁に訪れる落ち着ける場所においてSSTと呼ばれる検査法でベースラインとなる流涙量を測定した後、犬の飼い主7人(20~50歳/男性1+女性6名)に外出してもらい、5~7時間の別離状態を意図的に作ってもらいました。
 飼い主が帰宅後、犬と再会してから5分以内に再び計測して前後比較を行ったところ、再会後の方が統計的に有意なレベルで流涙量が多かったといいます。

実験2:方法と結果

 調査に参加したのは20頭のペット犬(平均6.35歳/メス12+オス8頭)、およびその飼主合計17名(20~50歳/男性3+女性14名)。
 飼い主とともに動物病院内にあるデイケアセンターを訪問し、獣医師もしくは動物看護師がベースラインとなる流涙量を計測した上で2~5時間の別離状況を作りました。再会状況として「顔見知り程度でそれほど親しくないスタッフ」もしくは「飼い主」という2種類が設定され、1頭が最低1日あけて両方の再会状況を経験するようデザインされました。別離の後で飼い主と再会を果たす犬  再会後、1分ほどして計測した流涙量とベースライン値を統計的に比較したところ、「見知らぬ人と再会したときより飼い主と再会したときの方が流涙量が多い」および「飼い主と再会したときの流涙量がベースライン値より多い」ことが明らかになりました。

実験3:方法と結果

 調査に参加したのは飼い主と共にデイケアセンターを訪れた22頭のペット犬(平均7.32歳/メス13+オス9頭)。
 午前いっぱいは飼い主と別離してもらい、午後になってから獣医師もしくは動物看護師がベースラインとなる流涙量を計測しました。
 2時間後、犬の眼球内にオキシトシン溶液もしくはオキシトシンと同じ分子量とアミノ酸組成を持ったペプチド溶液を点眼し、5分経過してから改めて流涙量を計測した結果、オキシトシンを点眼したときだけ流涙量の増加が確認されたといいます。

実験4:方法と結果

 調査に参加したのは主として動物病院でリクルートされた74名の一般人。(19~55歳/女性52+男性22名)。
 通常の犬の写真と涙ぐんだ犬の写真を1ペアとし、合計8ペアの写真を見てもらった上で、個々の写真を「怖い」~「世話したくなる」までの5段階で評価してもらいました。 目に涙を浮かべているかどうかで違いをもたせた1組の犬の写真  その結果、涙ぐんた写真を「世話したくなる」とポジティブに評価する人が多かったといいます。
Increase of tear volume in dogs after reunion with owners is mediated by oxytocin
主著者, 副著者, et al. 2022

再会の涙は本当に「うれし泣き」?

 今回の調査を通じ「オキシトシンの点眼で流涙量が増える」および「飼い主と再会すると流涙量が増える」という現象が確認されました。このことから何が言えるのでしょうか?

再会の涙は飼い主でだけ

 マウスを対象とした実験では、オキシトシンが涙腺に存在しているオキシトシンレセプターに作用することや、脳内の室傍核にあるオキシトシンニューロンが上唾液核と神経的に結びついていることが確認されています。つまりオキシトシンが流涙という生理現象に深く関わっているということです。
 犬を対象とした先行実験でも「再会する状況において犬のオキシトシンの濃度が増える」という現象が報告されていますので、今回の調査結果と合わせると結び付きが強い人間と別離後の再会において犬のオキシトシンの分泌が増え、生理作用を通じて流涙量が増えるという仮説が成り立ちそうです。
兵士と再会する犬たち
元動画は→こちら
 ただし顔見知り程度の人では同様の現象が起こりませんので、再会の涙の前提として強いヒューマンアニマルボンドが必要だと考えられます。

うれし泣きの適応的な意味

 飼い主と再会したペット犬が見せた流涙量の増加は、人間で言うところのうれし泣きなのでしょうか?
 哺乳動物において涙はフェロモンとしての側面を有しているとされています。例えばオスマウスの涙には性フェロモンの一種ESP1が含まれており、メスが示す性的な行動やオスの攻撃行動によって刺激されるそうです。また人間の涙にも同様の作用がある可能性が示されています。
 しかし今回の実験で検証されたのは「再会する」という全く別の状況であり、犬で見られた流涙量の増加に敵対的な意味や性的な意味があるとは思えません。考えられるとすれば第4の実験で示された「涙ぐんだ目で人間の養育本能が刺激される」という可能性でしょうか。
 乳幼児の涙を見て「助けなきゃ!」という気分になるのは、極端なソシオパスを除き多くの人が本能的にも経験的にも知っている周知のことです。もし人間が犬を家畜化していく過程で、ウルウルの瞳で自分を歓迎してくれるような犬を無意識的に選択繁殖したのだとすると、犬の涙には人間に取り入るための適応的な意味があるのかもしれませんね。 潤んだ瞳で客を見るチワワ
一昔前にCMで人気になったチワワに、涙ぐんだ瞳を含んだ選択繁殖の条件が複数含まれているのは興味深いところです。