トップ2022年・犬ニュース一覧11月の犬ニュース11月28日

犬の気持ちは表情に現れる…左右別々に~感情と顔面筋の側性について

 左右どちらか一方を優先的に使用する「側性」は、犬において利き手、しっぽ振り、クンクン活動などにおいて確認されています。では感情を抱いた人間や霊長類で確認されている表情の左右差もあるのでしょうか?

犬の感情と表情筋の左右差

 犬の顔面筋の側性に関する調査を行ったのはイタリア・バーリ大学を中心としたチーム。犬の感情や情動が運動神経を通じて顔面の筋肉に作用する時、一体どのような左右差となって現れるのかを検証するため、覚醒度を高めるような状況を設けた上で観察実験を行いました。

調査対象

 調査対象となったのはバーリ大学獣医学部の問題行動相談室を訪問していた60頭の犬たち。飼い主に協力を仰いで犬の気質や性格を評価するC-BARQの簡易版に回答してもらい、「見知らぬ人に対する攻撃性」「飼い主に対する攻撃性」「見知らぬ人に対する恐怖」という側面を重点的に評価した上で犬たちを「攻撃的」「怖がり」「攻撃的/怖がり」という3つの性格グループに分類していきました。
 また同時に、行動研究にボランティアで参加していた犬の中から、飼い主に対して攻撃性や恐怖心を見せない10頭を選別し、比較対照群として設定しました。

調査方法

 調査ではおよそ40平米からなるフェンスで囲まれた屋外エリアが用いられました。設定された状況は以下の2つです。
表情観察状況
  • ベースラインエリア内に飼い主だけがいる状況
  • 覚醒状況飼い主の5m前に見知らぬ人が立ち、犬に向かってまっすぐ近づきじっと目を見つめる状況
 各性格グループには当初9頭ずつが含まれていましたが、エリア内で極端な不快反応を示す犬、および実験中の顔写真が不鮮明な犬を除外し、最終的に4頭ずつ合計16頭に絞られました。オス12頭、メス4頭、犬種はバラバラ、平均年齢は5.37歳(1~10歳)という内訳です。 犬の顔面筋の非対称性を客観化するために設けられた顔中の23のランドマーク  実験中に撮影された犬の顔写真は、顔面筋に23のランドマークを設定し、左右の非対称性が数値で客観化されました。また事前に特別な訓練を受けていない大学生(男性10名+女性22名/18~32歳)に協力してもらい、研究の仮説を知らせていない状態で犬たちの鏡像写真(※)を感情価という観点で評価してもらいました。具体的には写真1枚につき「幸せ」「恐怖」「怒り」「悲しみ」「中立」という5つの感情面を0~4までの5段階で評価していくというものです。
鏡像写真
ベースラインと覚醒状況における犬の表情を顔半分ずつから合成したキメラ写真にしたもの 犬の顔写真を中央で分割し、右半分を鏡像反転、左半分を鏡像反転して加工した写真のこと。

調査結果

 調査結果を羅列すると以下のようになります。略号は「F=怖がり」「A=攻撃的」「A/F=攻撃的/怖がり」「C=比較対照」を意味しています。
✅顔面筋の非対称性は大きい順にA/F>F>A>C
✅A/Fに関してはベースラインよりも覚醒状況において非対称性が強まった
✅A/F以外ではベースラインと覚醒状況における統計的差はみられなかった
✅全体的にベースラインでは「幸せ」、覚醒状況では「恐怖」と「怒り」が高く評価された
✅FおよびA/FはAおよびCより「幸せ」が高く評価された
✅FおよびA/FはAおよびCより「恐怖」が高く評価された
✅A/FはFより「恐怖」が高く評価された
✅AおよびCグループはFおよびA/Fグループより「中立」が高く評価された
✅F+覚醒状況では「恐怖」が高く評価された
✅A/F+覚醒状況では「怒り」が高く評価された
✅A+覚醒状況では「悲しみ」が高く評価された
✅右鏡像に対しては左鏡像より「恐怖」が高く評価された
✅左鏡像に対しては右鏡像より「悲しみ」が高く評価された
✅右鏡像でも左鏡像でも「幸せ」に関してはベースライン>覚醒だった
✅右鏡像でも左鏡像でも「恐怖」に関しては覚醒>ベースラインだった
✅「怒り」に関しては左鏡像でのみ覚醒>ベースラインだった
✅右鏡像はCを除くすべての性格グループにおいて左鏡像よりも感情スコアがベースラインで高かった
✅FとCの左鏡像はベースラインにおける感情スコアが覚醒時より高かった
✅A/F+右鏡像では「恐怖」が高く評価された
✅A/F+左鏡像では「悲しみ」が高く評価された
✅A/F+ベースライン+右鏡像では「恐怖」と「怒り」が高く評価された
✅F+ベースライン+左鏡像では「恐怖」と「悲しみ」が高く評価された
✅F+ベースライン+右鏡像では「怒り」が高く評価された
✅A/F+覚醒+右鏡像では「恐怖」が高く評価された
✅A/F+覚醒+左鏡像では「怒り」と「悲しみ」が高く評価された
✅C+右鏡像=「悲しみ」が高く評価された
Facial asymmetry in dogs with fear and aggressive behaviors towards humans
Marcello Siniscalchi, Serenella d’Ingeo, Michele Minunno, Angelo Quaranta, Scientifc Reports (2022) , DOI:10.1038/s41598-022-24136-2

犬の「怖がり」は表情に出る

 感情が顔面筋の非対称として表出されるという現象は猿や大型類人猿で確認されています。今回の調査でも犬の感情が表情の左右差となって表出されることが明らかになりました。

負の感情は同時多発する

 表情筋を見る限り、非対称性が顕著に現れた「攻撃的/怖がり(A/F)」に関しては見知らぬ人が近づく覚醒状況において、様々な感情を抱いている可能性が示されました。
  • A/F+覚醒+右鏡像=「恐怖」
  • A/F+覚醒+左鏡像=「怒り」と「悲しみ」
 顔の右半分には「恐怖」が強く現れ、左半分には「怒り」と「悲しみ」が現れているといったところでしょうか。これらのグループでは実際、接近者を拒絶するような行動が見られましたので、ネガティブな感情が誘起されたことは確かなのでしょう。調査チームはネガティブな感情が同時多発的に発生すると脳がショートを起こし、突発的な攻撃行動を引き起こしかねないと状態の危うさを指摘しています。

負の感情は顔の両側に出る

 感情価モデルによると、ネガティブな感情は主として右半球で処理されるので、本来は右半球が支配する左の表情筋が影響を受けるはずです。しかしA/Fの実験結果を見る限り、左半分だけでなく右半分にも強く「恐怖」という感情が表出されていました。
 こうした矛盾に関し調査チームは、覚醒状態を強く引き起こすような状況では、右半球だけでなく左半球のどこかにある別の部位も関わっているのではないかと推測しています。ちなみに犬を対象とした先行調査では、飼い主が近くにいる状況ではいない状況より左の眉毛が大きく動いたと報告されています出典資料:Nagasawa, 2013)

側性変化は脳をテンパらせる

 「怒り」という感情に関しては「A/F+ベースライン+右鏡像=怒りと恐怖」→「A/F+覚醒+左鏡像=怒りと悲しみ」という変化が見られました。平たく言うと、ベースラインでは右半分に現れていた「怒り」という感情が、覚醒状態では左半分に入れ替わったということになります。
 この現象を脳内における活動側性の入れ替わりと考えた場合、調査チームは認識力の低下につながりかねないと指摘しています。人間を対象としたfMRI調査では、脳内の活動側性が急激に変化すると、認知の柔軟性が損なわれて認識力が低下すると報告されています。同様に、A/Fグループで見られた側性変化が犬の認識力を急激に低下させるのだとすると、状況を的確に判断できずテンパった状態の犬が突発的な攻撃行動に走ってもおかしくありません。

「怖がり」な犬の表情変化

 A/Fほど顕著ではありませんでしたが、Fグループにおいても興味深い表情変化が観察されました。
怖がり群の表情変化
  • 覚醒状況=「恐怖」
  • ベースライン+左鏡像=「恐怖」と「悲しみ」
  • ベースライン+右鏡像=「怒り」
 上記したように、左鏡像でも右鏡像でも、飼い主と一緒にいるベースラインにおいてさえ、「恐怖」「悲しみ」「怒り」といったネガティブな感情が観察されました。この現象に関し調査チームは、馴化時間を設けたとはいえ見知らぬ実験エリアにいることが怖がりの犬たちの不安を引き起こしたのではないかと推測しています。
怖がりな犬(A/FおよびF)では表情から感情を読み取りやすいようです。微妙な左右差まではわからないかもしれませんが、頭の中で鏡像写真を合成して「負の感情を抱いているな」くらいはわかってあげたいものです。