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犬に対するプライム編集(Prime editing)による最新の遺伝子治療

 従来の方法よりピンポイントのゲノム編集が可能となるプライム編集技術。犬に多い遺伝疾患である股異形成を対象とした実験的な治療が行われました。

股異形成に対するプライム編集

 股異形成は犬における代表的な遺伝性疾患の一つ。中~大型犬に多く発症し、大腿骨と寛骨臼の形成不全により痛み、荷重不全、歩行障害などの症状を呈します。韓国にある忠南大学校の調査チームはこの股異形成を対象とし、最新のゲノム編集技術による遺伝子治療の可能性を検証しました。

標的遺伝子

 ゲノム編集のターゲットとなったのは、犬の股異形成と最も関連が強いとされているイヌ第4染色体にある遺伝子座(BICF2S23030416)。ここは細胞の骨化を誘導する際の代表的なマーカーとして利用されるホメオボックス遺伝子2(MSX2)の調整に関わっていると考えられる部位であり、ラブラドールレトリバーを対象とした遺伝子解析ではチミン→シトシン(T→C)の1塩基置換が股異形成の発症と関わっている可能性が示されています。

実験方法と結果

 チームはまず股異形成の診断を受けたラブラドールレトリバーの耳から線維芽細胞を採取しました。次にプライム編集を施されたレンチウイルス粒子を線維芽細胞内に形質導入して5日間培養した後、細胞内からゲノムDNAを分離し、シーケンス(塩基配列)を解析しました。その結果、本来なら線維芽細胞の標的対立遺伝子において見られるはずの変異が修正されていたといいます。
プライム編集
プライム編集(prime-editing)とは、偶発的な遺伝子の変化を最小限にとどめつつ、ピンポイントの塩基配列変換を達成できるゲノム編集技術。従来のCRISPR/Cas9(クリスパー・キャスナイン)技術がハサミに例えられるのに対し、プライム編集はその正確性からワープロに例えられる。 natureダイジェスト
 次にチームは体細胞核移植(SCNT)によって作り出したプライム編集済みの18の胚を代理母犬の卵管内に移入し、施術から40日後に懐胎を確認しました。
体細胞核移植
体細胞核移植(SCNT)は未受精卵へ体細胞核を移植してクローン個体を作出する技術。体細胞核ドナーにあらかじめゲノム編集を施しておくと、テイラーメイドの遺伝子情報を保有した個体を確実に産み出すことができる。
 代理母から帝王切開で産まれた2頭の子犬(656gと585g)が有する体細胞の標的遺伝子座を調べたところ、変異部の修正が確認されたといいます。また編集に付随するオフターゲット変異(当初の予定にはない偶発的な遺伝子変異)は認められなかったとも。
Prime editor-mediated correction of a pathogenic mutation in purebred dogs
Kim, D.E., Lee, J.H., Ji, K.B. et al. Sci Rep 12, 12905 (2022), DOI:10.1038/s41598-022-17200-4

プライム編集と遺伝子治療の未来

 従来のCRISPR/Cas9を応用したCRISPR-HDRと呼ばれるゲノム編集技術を用いて変異を修正する場合、細胞分裂と追加のDNAドナーテンプレートを必要とします。
 一方、今回の実験で採用されたプライム編集の場合は細胞周期のどの段階でも実施可能で、なおかつ追加のDNAドナーを必要としません。さらに編集部位をピンポイントで指定できるため、偶発的な変異(オフターゲット効果)のリスクも最小限に留めることができます。
 調査チームは原因遺伝子の解明とプライム編集の組み合わせでピンポイントのゲノム編集を繰り返せば、オフターゲット効果を引き起こすことなく遺伝子レベルで特定疾患を駆逐することも不可能ではないと期待を寄せています。