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犬は人間の「わざと」を理解できるか?

 他者が心の中に抱いている目的や意図を推測する能力は「心の理論(Theory of Mind)」と呼ばれ、かつては人間しか持っていないと考えられてきました。しかし共同生活を通して多くの飼い主が直感的に知っているように、犬にもあるようです。

犬に人間の意図は伝わる?

 調査を行ったのはドイツにあるゲッチンゲン大学発達心理学科のチーム。他者が心の中に抱いている目的や意図を推測する「心の理論(Theory of Mind)」と呼ばれる能力が犬にも備わっているかどうかを検証するため、マックス・プランク研究所のデータベースからリクルートしたさまざまな犬種に属する51頭の犬たち(オス24+メス27/平均5.8歳)を対象とした実験を行いました。参加条件は警察犬や救助犬などとして特別な訓練を受けていないことです。

「心の理論」の実験手順

 透明のパーティションを2枚組み合わせ、中央の隙間から実験者が犬におやつを与えることができるよう設計されました。 犬の「心の理論」を実証するためのセッティング  準備フェーズではまず、パーティションの向こうから犬と向かい合った実験者が注意を引き、隙間を通じて繰り返しおやつを与えました。犬たちが室内と手順に十分に馴れたタイミングで行われた実験フェーズでは、準備フェーズと同じように犬の注意を引きつけておやつを与えようとするものの、下に落としてしまうという状況が再現されました。具体的なバリエーションは以下の3つです。
落とすパターン3つ
  • わざと落とす犬におやつを与える振りをして「Ha-Ha!」と言いながらわざと下に落とす
  • うっかり落とす犬におやつを与えようとするものの、「Oops!」と言ってうっかり手から落としてしまう
  • 遮られて落とす犬におやつを与えようとするものの、「Oh!」と言って直前に別の実験者がふさいだ隙間に阻まれて落としてしまう
 参加した犬たち1頭ずつに上記した3つの状況を全て経験させ(23秒 × 5回ずつ)、その都度反応を記録していきました。「おやつを下に落とす」という状況や動作は共通ですので、もし犬たちの反応に何らかの違いが見られた場合は人間の「意図」に関する認識があると想定されます。ここでは「自分におやつをくれようとしている」という意図のことです。

「心の理論」の実験結果

 犬の反応を「待機時間」およ「エソグラム」という点から観察し、状況間の比較を行ったところ、統計的に以下のような違いが見られたと言います。待機時間はおやつを下に落とした瞬間から犬が自発的におやつに近づこうとするまでの時間、エソグラムは習性や情動に関連した犬に固有の行動カタログのことです。
状況による反応の違い
  • 待機時間わざと落とす>うっかり落とす>遮られて落とす 犬が自発的に動き出すまでの相対的な待機時間比較グラフ
  • 座る or 伏せるの頻度わざと落とす>うっかり落とす≒遮られて落とす 座るもしくは伏せる行動の相対頻度
  • しっぽを振り止める頻度わざと落とす>うっかり落とす≒遮られて落とす しっぽを振りやめる頻度
Dogs distinguish human intentional and unintentional action
Schunemann, B., Keller, J., Rakoczy, H. et al, .Sci Rep 11, 14967 (2021), DOI:10.1038/s41598-021-94374-3

「心の理論」とモーガンの公準

 「わざと落とす」という状況において、とまどいや悲観主義を示唆する「待機時間」が長くなり、自分や相手を落ち着かせるときに用いるカーミングシグナルの一種である「座る」や「伏せる」の頻度が増え、注意力や覚醒の度合いを反映する「しっぽ振り」が止まることが明らかになりました。調査チームはこれらの事実を統合し、犬が人間の行為内意図(intention-in-action, 自発的な行為中に持つ「私はある行為をしている」という経験)を理解したのではないかと推論しています。 人間の意図によってそれを察知した犬の反応が変わる可能性がある  他者の心の状態、目的、意図を推測する能力は「心の理論(Theory of Mind)」と呼ばれ、人間以外の動物種にもあるのではないかと想定されています。実験でその存在が示唆されているのはチンパンジー、オマキザル、トンケアンモンキー、ヨウム、ウマなどです。また犬を対象として過去に行われた調査でも、視覚を通じた人間の知識状態について類推できる可能性が示されています。 犬の「心の理論」(Theory of Mind)に関する検証実験 「心の理論」を検証する際によく用いられる「Knower-Guesser Task」(知る者-知らぬ者課題)  今回の調査では、手に持ったおやつを下に置くまでのわずかな行動の違いを犬が読み取り、人間が有している意図(おやつをくれるつもりがあるかどうか)を察知できる可能性が示されました。ただし「低次の心的な能力によって説明可能なことは、高次の心的な能力によって解釈してはならない」というモーガンの公準に従うと、別の解釈ができなくもありません。
 一例を挙げると「飼い主との日常生活の中でおあずけを食らった経験があったため、おすわりやふせをするとおやつがもらえるかもと思った」とか「しつこく催促すると逆にもらえなくなるからじっとしていた方が得策だと判断した」などです。この場合、人間の意図を類推したのではなく、「Ha-Ha!」という声や素早く手を引っ込めるという動作がNRM(No Reward Mark=報酬が与えられないことを示すサイン)となり、過去の経験を思い出しただけとなるでしょう。
大きな声もくしゃみの音も「急に耳に入ってきた音」ですが、犬がビクッとするのは多くの場合前者だけです。人間の意図や感情の有無を把握した上でリアクションが変わるのでしょうか。それとも単なる経験と慣れなのでしょうか。