トリテルペンによる抗不安効果
犬において多く報告されている騒音恐怖症に対しては、催眠鎮静薬の一種であるジアゼパムや塩酸デクスメデトミジンを成分として含んだ犬用鎮静剤「SILEO®」などが処方されます。しかしこうした薬には大なり小なり副作用があるため長期的な使用には向いていません。そこで複数の大学からなる国際共同調査チームは、犬に対する副作用が少なくより安全性が高い成分を求め、げっ歯類において抗不安作用が確認されている植物由来のトリテルペンがもつ効果を検証しました。
調査対象となったのは臨床上健康なビーグル60頭。年齢は1.4~17歳、体重は6.1~17.8kgと幅広く、事前のテストで雷鳴感受性(コルチゾール13%超増加)が確認されています。ランダムで10頭ずつからなる6つのグループに分け、経口投与する錠剤に以下のような違いを設けた上で騒音への曝露テストを行いました。実験デザインはランダム化・二重盲検・プラセボコントロールです。
Masic A, Landsberg G, Milgram B, et al. Molecules. 2021;26(7):2049. Published 2021 Apr 3. DOI:10.3390/molecules26072049
調査対象となったのは臨床上健康なビーグル60頭。年齢は1.4~17歳、体重は6.1~17.8kgと幅広く、事前のテストで雷鳴感受性(コルチゾール13%超増加)が確認されています。ランダムで10頭ずつからなる6つのグループに分け、経口投与する錠剤に以下のような違いを設けた上で騒音への曝露テストを行いました。実験デザインはランダム化・二重盲検・プラセボコントロールです。
- プラセボ(微結晶セルロース)
- ジアゼパム(0.5mg/kg)
- 推奨量の半分
- 推奨量(1錠/10kg)
- 推奨量の2倍
- 推奨量の4倍
不動タイム
- ジアゼパム<プラセボ
- 1と2倍量<プラセボ
- 1と2倍量<4倍量
✓騒音中の不動タイムが長いほど、恐怖や不安でフリーズしていたことを意味する
✓4倍量の不動タイムはプラセボよりは大きい
✓0.5倍量、1倍量、2倍量グループにおける不動スコアの変化値平均は投与量依存
活動スコア
- ジアゼパム>プラセボ
- 0.5倍量で変化は見られず
- 1と4倍量>プラセボ
✓騒音中の活動スコアが高いほど、恐怖や不安でフリーズする傾向が弱かったことを意味する
✓プラセボより2倍量の方が高い値を示したものの統計的には非有意(p=0.0942)
雷鳴後のコルチゾール
- プラセボ:46→90 nmol/L
- ジアゼパム:雷鳴前レベルに低減
- 本薬グループ:投与量依存型の低減効果が見られ、4倍量ではジアゼパムに匹敵
✓雷鳴前の値にグループ間の違いなし上記した結果から調査チームは、明白な抗不安効果を示す最低量は犬の体重10kgあたり1錠(3.5g)であるとの結論に至りました。なお錠剤1g中に含まれるトリテルペンの含有量は以下です。
抗不安トリテルペン
- ベツリン酸=3.22mg
- ウルソール酸=20mg
- ルペオール=0.24mg
- β-アミリン=12mg
- α-アミリン=16mg
Masic A, Landsberg G, Milgram B, et al. Molecules. 2021;26(7):2049. Published 2021 Apr 3. DOI:10.3390/molecules26072049
トリテルペンサプリの可能性
植物由来のトリテルペンが犬に対して抗不安作用を示すことが確認されましたが、果たして製品化できるのでしょうか?
トリテルペンの実用性
2016年3月に23℃の環境内に保存したタブレットを、30ヶ月後に相当する2018年10月に解析した結果、トリテルペン5種に劣化は見られなかったといいます。また「Souroubea sympetala」はコスタリカ商業的に栽培されており、「Platanus occidentalis 」はカナダ・オンタリオ州にあるナイアガラとエセックス郡で自然脱落した樹皮を回収できることから、製品化した時の実用性が高く、なおかつ安定的な供給も確保しやすいと考えられています。
トリテルペンの副作用
1頭の犬を対象とした先行安全試験では、体重1kgあたり10mgを28日間にわたって連続投与しても、行動、血液、尿に目立った変化や副作用はみられなかったといいます。また24頭の犬を対象としプラセボ、標準量の半分、1倍量、5倍量を投与した後続試験でも同様の結果になっています。今回の調査においても副作用は見られませんでしたので、植物由来のトリテルペンが犬に対して毒性を発揮する可能性は低いと考えられます。
「SILEO®」との比較
トリテルペン含有サプリメントが仮に製品化された場合、既存品と比べてどのような利点や特典があるのでしょうか?
「SILEO®」の効果
アメリカ国内では2016年 塩酸デクスメデトミジンを成分として含んだ「SILEO®」がFDA(アメリカ食品医薬品局)の承認を受けたことにより、獣医療分野での使用が可能となりました。適用は「大きな物音に対する急性の恐怖症」で、独立記念日や大晦日など、花火が盛大に打ち上げられる日などに使用されます。
デクスメデトミジンは人体と同様、犬の体の中でも「α2A受容体」に作用して鎮静効果を示すことが確認されています。以下はメーカー、およびFDAが公開している投薬試験の結果です。 大晦日、花火が打ち上げられる前のタイミングで144頭の犬に対して薬剤を投与し、どのような効果が見られるかを検証しました。144頭うち、71頭は125μg/m2デクスメデトミジンの「投与群」、73頭は何の薬効も持たない「偽薬群」です。花火の打ち上げが終わった後、飼い主に対して聞き取り調査を行ったところ、何らかの効果があったと評価する割合が「投与群」において5.58倍高かったと言います。以下は具体的な回答比率です。 また「呼吸が荒い」「震える」「妙な鳴き方をする」「うろうろ歩き回る」といった12個の不安行動を飼い主に観察してもらい、投与前と投与1時間後における出現頻度を比較しました。その結果、「偽薬群」に比べ「投与群」 では顕著な鎮静効果が見られたと言います。数値が低い(棒グラフが短い)ほど不安行動が少なく、鎮静効果が高いことを意味しています。 こうした各種データからメーカーは、口腔粘膜を経由した125μg/m2のデクスメデトミジンには、最低2時間の間隔を開けて投与すれば、重大な副作用を引き起こすことなく急性の騒音恐怖症を軽減する効果があると結論づけ、FDAもその効果を承認しました。
デクスメデトミジンは人体と同様、犬の体の中でも「α2A受容体」に作用して鎮静効果を示すことが確認されています。以下はメーカー、およびFDAが公開している投薬試験の結果です。 大晦日、花火が打ち上げられる前のタイミングで144頭の犬に対して薬剤を投与し、どのような効果が見られるかを検証しました。144頭うち、71頭は125μg/m2デクスメデトミジンの「投与群」、73頭は何の薬効も持たない「偽薬群」です。花火の打ち上げが終わった後、飼い主に対して聞き取り調査を行ったところ、何らかの効果があったと評価する割合が「投与群」において5.58倍高かったと言います。以下は具体的な回答比率です。 また「呼吸が荒い」「震える」「妙な鳴き方をする」「うろうろ歩き回る」といった12個の不安行動を飼い主に観察してもらい、投与前と投与1時間後における出現頻度を比較しました。その結果、「偽薬群」に比べ「投与群」 では顕著な鎮静効果が見られたと言います。数値が低い(棒グラフが短い)ほど不安行動が少なく、鎮静効果が高いことを意味しています。 こうした各種データからメーカーは、口腔粘膜を経由した125μg/m2のデクスメデトミジンには、最低2時間の間隔を開けて投与すれば、重大な副作用を引き起こすことなく急性の騒音恐怖症を軽減する効果があると結論づけ、FDAもその効果を承認しました。
「SILEO®」の副作用
あくまでも脱感作の補助
騒音恐怖症に対する正攻法は系統的脱感作です。これは犬が苦手とする音を小さな音量からスタートし、少しずつレベルを上げていくことで、無理なく順化を進めるというものです。しかし必ずしもこの正攻法がうまくいってくれるとは限りません。やり方は正しいけれども犬の側のリアクションが悪かったり、犬の恐怖症は十分に克服可能だけれども、飼い主がやり方を間違って効果を台無しにしてしまうといったことが頻繁に起こります。
「SILEO®」にしてもトリテルペンサプリにしても、上記したような失敗例をフォローする補助的な治療法として採用されていくものと予測されます。アメリカでは、盛大に花火が打ち上げられる独立記念日の翌日に当たる7月5日、音に驚いて家を飛び出してしまった迷子犬の件数が急増するのみならず、暴れ回る犬に嫌気が差した飼い主が、保護施設に犬を置き去りにするケースが増えるとのこと。犬を薬で静かにするということに対し「安直だ」とか「薬漬けにするな」といった反発意見もあるでしょうが、投薬期間が一時的で副作用も少なく、なおかつ迷子や飼育放棄のきっかけが減ってくれるのであれば、犬もそれほど怒らないのではないでしょうか。
「SILEO®」にしてもトリテルペンサプリにしても、上記したような失敗例をフォローする補助的な治療法として採用されていくものと予測されます。アメリカでは、盛大に花火が打ち上げられる独立記念日の翌日に当たる7月5日、音に驚いて家を飛び出してしまった迷子犬の件数が急増するのみならず、暴れ回る犬に嫌気が差した飼い主が、保護施設に犬を置き去りにするケースが増えるとのこと。犬を薬で静かにするということに対し「安直だ」とか「薬漬けにするな」といった反発意見もあるでしょうが、投薬期間が一時的で副作用も少なく、なおかつ迷子や飼育放棄のきっかけが減ってくれるのであれば、犬もそれほど怒らないのではないでしょうか。
日本国内における発売は未定なため、騒音に敏感な犬に対しては従来通り「系統的脱感作」が第一選択肢となります。具体的な手順は以下のページをご参照ください。