交流中の人や犬はどこを見ている?
イギリスにあるリンカーン大学心理学部を中心とした調査チームは、コミュニケーションにおいて相手のどこを注視しているか検証するため、アイトラッキング装置を用いた視線追尾調査を行いました。
調査に参加したのは一般人130人(平均年齢42.7歳/18~86歳)と一般のペット犬100頭(平均年齢4.9歳/2~14歳)。データの収集段階で不備が認められた被験者を除外し、最終的に129人と92頭が解析対象となりました。
実験で用いられたのは平均6.3秒からなる20の動画(合計132.3秒)で、内容は被写体が人間のものが合計10本、犬のものが合計10本。それぞれ4つの感情価(恐れ・幸せ・わくわく・欲求不満)を含んだ動画8本(4種×2本)と、何の感情価も含まないニュートラルな動画2本から成っています。
専用の暗室内に被験体(人間および犬)を迎え入れ、前方のスクリーンに上記20本の動画をランダムで流している時の視線の動きをアイトラッキング装置でモニタリングし、動画内でとりわけ注視していた場所を「頭部(首から上の領域)」「体(頭部以外の領域)」「その他(被写体以外の領域全て)」に区分していきました。注視時間を割合に換算した結果、人間と犬においてそれぞれ以下のような特徴が見られたといいます。
調査に参加したのは一般人130人(平均年齢42.7歳/18~86歳)と一般のペット犬100頭(平均年齢4.9歳/2~14歳)。データの収集段階で不備が認められた被験者を除外し、最終的に129人と92頭が解析対象となりました。
実験で用いられたのは平均6.3秒からなる20の動画(合計132.3秒)で、内容は被写体が人間のものが合計10本、犬のものが合計10本。それぞれ4つの感情価(恐れ・幸せ・わくわく・欲求不満)を含んだ動画8本(4種×2本)と、何の感情価も含まないニュートラルな動画2本から成っています。
専用の暗室内に被験体(人間および犬)を迎え入れ、前方のスクリーンに上記20本の動画をランダムで流している時の視線の動きをアイトラッキング装置でモニタリングし、動画内でとりわけ注視していた場所を「頭部(首から上の領域)」「体(頭部以外の領域)」「その他(被写体以外の領域全て)」に区分していきました。注視時間を割合に換算した結果、人間と犬においてそれぞれ以下のような特徴が見られたといいます。
人間の注視場所
- 犬の動画を見ているとき✓頭部を注視=74.0%?
✓体を注視=15.2% - 人の動画を見ているとき✓頭部を注視=64.5%
✓体を注視=25.4%
被写体が人間の場合=53%
- 幸せ=95%
- 恐れ=84%
- ニュートラル=58%
- 欲求不満=21%
- わくわく=9%
被写体が犬の場合=37%
- 幸せ=93%
- ニュートラル=42%
- 恐れ=41%
- わくわく=22%
- 欲求不満=2%
犬の注視場所
- 人間の動画を見ているとき✓頭部を注視=17%
✓体を注視=52% - 犬の動画を見ているとき✓頭部を注視=26%
✓体を注視=29%
人の動画を見た犬の注視時間
- 幸せ=48%:22%
- わくわく=65%:18%
- 欲求不満=40%:18%
- 恐れ=53%:18%
- ニュートラル=53%:25%
犬の動画を見た犬の注視時間
- 幸せ=32%:22%
- 欲求不満=23%:18%
- ニュートラル=45%:25%
- 恐れ=24%:32%
- わくわく=21%:35%
Correia-Caeiro, C., Guo, K. & Mills, D. Anim Cogn (2021), DOI:10.1007/s10071-021-01471-x
人と犬における注視対象の違い
犬と人間の注視時間を比較した結果、人間では「頭部>体」という勾配が見られたのに対し、犬では「体>頭部」という逆の勾配が見られました。
犬にとって重要なのは首から下
過去に犬を対象として行われた調査では、人間の微笑んでいる顔とニュートラルな顔を見分けることができるとか、幸せそうな顔と不機嫌そうな顔を見分けることができるといった結果が報告されています。また犬と人間のコミュニケーションにおいては、顔を中心とした情報交換が最も重要であるという説が出されていたりもします(:Gacsi M, 2006)。しかし今回の調査結果を見る限り、犬にとって最も重要な情報源はやはり首より下の部分にあるようです。
犬と人間がコミュニケーションする場合、体の大きさやロコモーション(歩行様式)の違いから、どうしても頭部より体の方が視認しやすくなります。また犬同士がコミュニケーションする場合、顔を近づけるよりも体の臭いを嗅いだ方が多くの情報を得ることができます。さらに互いの目を凝視するという行為は敵対心と解釈されやすいため、基本的には好まれません。
こうした事例を頭に入れて考えると、犬にとって重要なのは頭部よりも体(首から下)という説がすんなりと理解できるでしょう。そもそも犬の目の解像度はそれほど高くありませんので、人間と同じレベルで表情の微妙な変化を捉えられないという解剖生理学的な知見も重要です。
こうした事例を頭に入れて考えると、犬にとって重要なのは頭部よりも体(首から下)という説がすんなりと理解できるでしょう。そもそも犬の目の解像度はそれほど高くありませんので、人間と同じレベルで表情の微妙な変化を捉えられないという解剖生理学的な知見も重要です。
人にとって重要なのは首から上
人間および人間以外の霊長類では、他の個体の体よりも顔の部分を注視する傾向が確認されており、比喩的に「顔の磁力」などと表現されます(:Tomonaga, 2009)。また「目は口ほどに物を言う」という日本の格言が示しているように、人間にとって他者の表情はコミュニケーションをする上で極めて重要な情報源となります。
過去に行われた調査では、多くの人は表情を通じて感情の種類を判断し、ボディランゲージを通じて感情の度合いを判断すると報告されていますので(:Ekman, 1967)、人間にとってメインの情報源が頭部、サブの情報源が首から下といったところでしょうか。
しかし人間同士のコミュニケーションにおけるこうした癖を、犬とのコミュニケーションにまで拡大してしまうとやや問題が生じます。その問題とは感情価の正解率です。今回行われた調査により、人が犬の動画を見た後における感情価の正解率は「幸せ」が93%と高かったものの、その他に関しては軒並み赤点レベルでした。特に重要なのは「恐れ」を正しく読み取れた割合がわずか41%という事実です。例えば以下は「恐れ」という感情価を抱いた犬の動画を見た時の、人間と犬における注視場所の分布図です。 喜んでいる犬の表情には「口角を後ろに引く」という人間との共通点が含まれているため、9割を超える高い正解率になります。しかし「恐れ」には「幸せ」ほど明白な表情の変化が含まれません。しっぽや足など首から下の部分に注視すれば容易に理解できるものの、頭部から情報を得るコミュニケーションに慣れきった人間はなかなかボディランゲージにまで意識が回らないものと推察されます。その結果が4割という低い正答率なのでしょう。
過去に行われた調査では、多くの人は表情を通じて感情の種類を判断し、ボディランゲージを通じて感情の度合いを判断すると報告されていますので(:Ekman, 1967)、人間にとってメインの情報源が頭部、サブの情報源が首から下といったところでしょうか。
しかし人間同士のコミュニケーションにおけるこうした癖を、犬とのコミュニケーションにまで拡大してしまうとやや問題が生じます。その問題とは感情価の正解率です。今回行われた調査により、人が犬の動画を見た後における感情価の正解率は「幸せ」が93%と高かったものの、その他に関しては軒並み赤点レベルでした。特に重要なのは「恐れ」を正しく読み取れた割合がわずか41%という事実です。例えば以下は「恐れ」という感情価を抱いた犬の動画を見た時の、人間と犬における注視場所の分布図です。 喜んでいる犬の表情には「口角を後ろに引く」という人間との共通点が含まれているため、9割を超える高い正解率になります。しかし「恐れ」には「幸せ」ほど明白な表情の変化が含まれません。しっぽや足など首から下の部分に注視すれば容易に理解できるものの、頭部から情報を得るコミュニケーションに慣れきった人間はなかなかボディランゲージにまで意識が回らないものと推察されます。その結果が4割という低い正答率なのでしょう。
犬の目線に立とう
今回得られた知見は犬による咬傷事故を予防する上で極めて重要です。
犬に噛まれやすい子供の特徴を検証したところ、体を無視して顔の部分ばかり見る傾向があると報告されています。この事実は、子供が無視しやすい首から下の部位に恐れやおびえが含まれていても、容易に見落としてしまう危険性があることを示しています。犬からの明白な「やめて」サインに気づかずむやみに頭の上に手を差し伸べてしまい、恐怖に怯えた犬が反射的に噛み付いてしまう場面は簡単に想像がつきますね。 動物を擬人化して見るのは人間の常です(:Schirmer A, 2013)。しかし咬傷事故を予防するためには、犬を人間として見るのではなく、人間が犬の立場に立って身体全体を見渡してあげることが重要となります。
犬に噛まれやすい子供の特徴を検証したところ、体を無視して顔の部分ばかり見る傾向があると報告されています。この事実は、子供が無視しやすい首から下の部位に恐れやおびえが含まれていても、容易に見落としてしまう危険性があることを示しています。犬からの明白な「やめて」サインに気づかずむやみに頭の上に手を差し伸べてしまい、恐怖に怯えた犬が反射的に噛み付いてしまう場面は簡単に想像がつきますね。 動物を擬人化して見るのは人間の常です(:Schirmer A, 2013)。しかし咬傷事故を予防するためには、犬を人間として見るのではなく、人間が犬の立場に立って身体全体を見渡してあげることが重要となります。
子供を対象とした咬傷事故予防プログラムにおいて、犬が発するボディランゲージの重要性が強調されている理由もここにあります。