ドライブによる犬のストレス実験
ウィーン獣医大学を中心としたチームは、車による移動が犬たちに対してどの程度のストレスを与えるのかを比較検証するため、18頭のビーグル犬をランダムで6頭ずつからなる3つのグループに分けた観察実験を行いました。観察対象となった犬たちはメス4頭、未去勢オス9頭、去勢済みオス5頭で、平均年齢2.7歳、平均体重14kg。すべてウィーン獣医大学の研究室で産まれたか、生後4ヶ月齢のときに繁殖犬舎から研究室に移送された個体で、移送時を除いて車に乗るという経験は皆無です。
移動以外の要因によるデータの紛れがなくなるよう、事前に4週間かけて移送ケージ(75×50×60cm)、心臓の計測機器、唾液と血液採取手順に慣らしておき、グループ内およびグループ間でストレスレベルを効率的に比較できるように設計した以下のような実験デザインを適用しました。
犬の入ったケージはミニバンの後部座席にある床に置かれ、中から外の状況が見えないように配置されました。表中の「犬舎内」とは犬たちが普段暮らしている場所、「ケージ内」とは犬を車に移しただけで走行はしないという意味です。また「移動」は時速51kmでの走行を意味しています。果たしてグループ間でどのような違いが確認されたのでしょうか?
Stress Response of Beagle Dogs to Repeated Short-Distance Road Transport
Johannes Herbel, Jorg Aurich, Camille Gautier et al., Animals 2020, 10, 2114; doi:10.3390/ani10112114
移動以外の要因によるデータの紛れがなくなるよう、事前に4週間かけて移送ケージ(75×50×60cm)、心臓の計測機器、唾液と血液採取手順に慣らしておき、グループ内およびグループ間でストレスレベルを効率的に比較できるように設計した以下のような実験デザインを適用しました。
週 | グループ1 | グループ2 | グループ3 |
1 | 犬舎内 | - | - |
2 | 1時間移動 | ケージ内 | 犬舎内 |
3 | 1時間移動 | - | - |
4 | 1時間移動 | - | - |
5 | - | - | - |
6 | 2時間移動 | 2時間移動 | 2時間移動 |
Johannes Herbel, Jorg Aurich, Camille Gautier et al., Animals 2020, 10, 2114; doi:10.3390/ani10112114
ドライブ実験の結果
各フェーズの1時間前から2時間後まで生理学的な指標とストレス関連行動行動が継続的にモニタリングされました。その結果が以下です。
ドライブは基本的にストレス
3つのグループから得られたデータを統合したところ、移動前後における各種の生理学的なストレス指標に関しては実際の走行後に唾液コルチゾール(33.6→60.1ng/mL)と血中コルチゾール(1.9→ 16.5ng/mL)の増加、好中球-リンパ球比(N/L比)の上昇、心拍数の増加、心拍変動(HRV)のうちRMSSDと呼ばれる数値の低下が確認されたといいます。これらはすべてストレスの増加と解釈される変化ですので、ただ単に車に乗るという状況ではなく、車に乗って移動するという状況がストレス反応の原因になったと判断されました。
ウシやウマといった家畜動物と比較して犬における移送ストレスの研究はそれほど熱心に行われていないものの、過去に行われた数少ない調査でも心拍数と好中球-リンパ球比の増加が報告されていることから、犬にとって車での移動は基本的にストレスフルなイベントである可能性が高いと考えられます。
各グループが経験した2時間の走行テストでは、心拍の変化が1時間未満で落ち着くことが多かったのに対し、唾液中のコルチゾール値は前半の1時間よりも後半の1時間の方が高くなる傾向が見られました。この事実から、犬たちは走行中ずっと緊張状態を経験していたものと推測されます。散歩が好きだからドライブも好きなはずという人間目線の解釈は危険なようです。
各グループが経験した2時間の走行テストでは、心拍の変化が1時間未満で落ち着くことが多かったのに対し、唾液中のコルチゾール値は前半の1時間よりも後半の1時間の方が高くなる傾向が見られました。この事実から、犬たちは走行中ずっと緊張状態を経験していたものと推測されます。散歩が好きだからドライブも好きなはずという人間目線の解釈は危険なようです。
ストレスの原因は恐怖?車酔い?
グループ1に関しては週を隔てて繰り返し走行を経験させたにもかかわらず、コルチゾール値、心拍数、HRV、N/L比の変動が小さくなることはありませんでした。理由としては脳が柔軟な子犬の頃の経験不足による馴化の遅れや、週一のペースでたった3回では場数が足りないなどが考えられますが、移動自体には慣れたけれども振動による車酔いは克服できなかったという可能性も十分考えられます。
生理学的な計測値と比べてストレス関連行動の変化は顕著ではなかったものの、口元をなめる回数に関しては移動中に如実に増加したといいます。この事実も車酔いによる吐き気を始めとした体調不良を示しているのかもしれません。
生理学的な計測値と比べてストレス関連行動の変化は顕著ではなかったものの、口元をなめる回数に関しては移動中に如実に増加したといいます。この事実も車酔いによる吐き気を始めとした体調不良を示しているのかもしれません。
車に慣らせる方法や車酔いの改善法は「犬と車に乗るときの安全ガイド」で詳しく解説してあります。日頃から練習しておくと、動物病院にも通院しやすいでしょう。