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フラストレーションを感じている犬が見せる表情は?~DogFACSから読み取る欲求不満のサイン

 犬の表情を体系的に分類する「DogFACS」と呼ばれる指標を用い、ごほうびを目の前にした犬のリアクションを観察したところ、フラストレーションを感じているときに現れやすい表情がいくつか見えてきました。

期待やフラストレーションと犬の表情

 調査を行ったのはスイスにあるベルン大学の動物福祉学部を中心としたチーム。ご褒美を目の前にした犬がどのような表情を見せるかを確かめるため、もうすぐご褒美をもらえそうとワクワクしている時(15回)、およびごほうびをもらえるはずだけれどもなかなかもらえない時(5回)という2つの状況に分けて観察しました。表情の分類に用いられたのは「DogFACS」と呼ばれる指標です。
DogFACS
人間の表情を分類・解析するときに用いられる「FACS」(Facial Action Coding System)と呼ばれる指標を犬向けにアレンジしたもの。表情筋の細かな動きに対し1つずつコードが割り振られており、訓練を受けたコーダーが犬の表情を見ながら判定する。AnimalFACS
 観察対象となったのは29頭の犬たち(メス19+オス10 | 平均5.2歳)。頭の形による評価のブレを最小限にするため、犬種は中頭種のゴールデンレトリバーに統一されました。犬の目の前におやつが差し出される状況をセッティングし、ご褒美をもらえる直前とご褒美をなかなかもらえない時における表情を熟練したコーダーが評価したところ、それぞれの状況において以下のような特徴的な表情が見られたといいます。
DogFACSベースで見た犬の表情
  • ワクワク期待耳を中央に引き寄せるワクワク期待しているときに見せる犬の表情~耳を中央に引き寄せる
  • フラストレーションまばたきする | 耳を寝かせる | 口唇だけを軽く開ける | 下顎を落として口を開ける | 鼻先をなめるフラストレーションを抱いているときに見せる犬の表情
Differences in facial expressions during positive anticipation and frustration in dogs awaiting a reward
Bremhorst, A., Sutter, N.A., Wurbel, H. et al.. Sci Rep 9, 19312 (2019) doi:10.1038/s41598-019-55714-6

犬の表情に再現性はある?

 過去に行われた調査と本調査との間で、以下に述べるような共通点や相違点が確認されました。

耳を中央に引き寄せる

 ワクワクと期待感を抱いた犬が耳を頭の中央に引き寄せるという反応は、過去にイギリスのリンカーン大学が見出したのと同じ観察結果です出典資料:Caeiro, 2017ポジティブな期待感を抱いた犬は高い再現性を持って耳を中央に引き寄せる  またギンギツネを対象として行われた観察実験においても、期待感を煽るような状況下で耳がピンと立つと報告されていることから、使っている筋肉はおそらく犬と同じだろうと推測されます出典資料:Moe, 2006
 再現性が高いため比較的信頼の置ける表情の変化と考えられますが、耳の移動距離はわずかですので、普段の耳の位置をしっかりと把握していないとシグナルを捉えることは困難でしょう。ちなみに草食動物であるヒツジの場合は、逆にネガティブな感情価において同様の変化が見られるとのこと。

耳を寝かせる

 フラストレーションを感じているときに観察された「耳を尾側に引きつけて平らにする」という変化は、コヨーテ、キツネ、オオカミなどのイヌ科動物においても、恐怖を煽る状況で確認されています。またギンギツネを対象とした観察実験では、嫌なこと(うなじを掴んで拘束される)を予期したときに見られたとのこと。こうした事実から、恐怖だけでなく不安やフラストレーションを抱いたときにも出るのではないかと推測されます。
 なお耳を寝かせるという動作はヒツジ、ヤギ、ブタ、ウマ、ネコでもネガティブな感情を抱いたときに出ることが確認されています。ウシにおいては耳をひきつける位置によって「ears back up」と「ears back down」とに細分化されており、それぞれ違う感情と結びついているとのこと。調査チームは犬においてもこうした細分が可能かもしれないと言及しています。また耳に関しては左右別々に動かすことが可能なため、右だけを動かしたときと左だけを動かした時とで、抱いている感情価に違いが見られるかどうかは今後の調査課題だとしています。

口唇を開く+口を開ける

 フラストレーションを感じているときに観察された、マズルの先端部にある口唇を開く動作と、下顎を完全に落として口を開く動作は多くの場合互いに付随して起こります。しかしイギリスのリンカーン大学が行った別の調査では同様の変化が確認されておらず、その代わり「口を開けてパンティング(激しい口呼吸)する」という近い動作が恐怖反応と関連していると報告されています。 恐怖を抱いた犬は口を開けて舌をだらんと垂らしパンティングする

まばたきする

 フラストレーションを感じているときに観察されたまぶたを閉じる動作は、対峙した相手や自分自身を落ち着かせるときに出るカーミングシグナルの一種であると逸話的に報告されています。なおネコにおいては恐怖やストレスに付随して起こりやすいことが確認されています。 猫がゆっくりとまばたきするのは愛情表現ではない?!(子猫のへや)

鼻先をなめる

 フラストレーションを感じているときに多く出現した「鼻先をなめる」という動作は、イギリスのリンカーン大学が行った別の調査出典資料:Caeiro, 2017では逆にポジティブな期待を抱いているときに出ると報告されています。この違いについて調査チームは、本調査において犬を焦(じ)らす時に用いられた状況設定が、リンカーン大学チームよりもシビアだったことが原因ではないかと推測しています。具体的には、ご褒美を目の前にして15秒間犬に動きがなかった場合、最長で55秒間までおあずけ時間が延長されるというものでした。
 過去に行われた別の調査では、鼻先をなめる動作とフラストレーション、高い覚醒度、ストレスとの関連性が指摘されているため、どちらかといえばネガティブな感情を抱いているときに出やすいのではないかと推測されています。

DogFACSは実用的?

 犬は種類によって頭の大きさが大きく変わりますが、今回の調査で明らかになったワクワク顔とフラストレーション顔のヒントとなる表情は、比較的頭の形による影響を受けないため、汎用性が高いのではないかと考えられています。
 「DogFACS」を通じて得られた本調査の知見は、犬の表情を機械が認識し自動的に感情価を判定してくれる「ドッグウィスパラーアプリ」の基礎になってくれそうです。例えば同じ状況下に置かれた犬の表情をたくさん集めてAI(人工知能)に深層学習させると、犬の表情の中からきわめて微妙な共通要素を抽出し、人間の目による主観的な評価よりも正確な判定ができるようになるなどです。イメージ的には、膨大な数のCT画像から病変の共通項をAIが見つけ出し、人間の医師よりも正確で客観的な診断を下せるようになるような感じです。
 DogFACSは誕生して間もない新しい手法で、まだまだ実証実験が足りません。上記したような犬の表情を自動分類してくれるアプリができるまでには、DogFACSを用いた予備的な調査や、状況を統一した中で撮影した膨大な数の画像データが必要となるでしょう。 犬の顔から心を読む訓練