犬の鉛中毒とは?
飼い主が油断していると、ありふれた家庭用品に含まれる鉛を摂取して犬が中毒に陥ってしまう危険があります。まずは鉛中毒に関する基本的な医療情報です。
鉛中毒の発症メカニズム
鉛を摂取した場合、特にスルフヒドリル基を持つ酵素が強く影響を受け、ヘム(鉄原子とポルフィリンから成る赤血球の元)合成阻害などの様々な障害が引き起こされます。その結果、赤血球に移行しなかった鉄が血清中に残り、血清鉄が高値を示すと同時に鉄芽球性貧血が引き起こされます。鉛化合物の毒性は溶解度が高いほど強くなります。
中枢神経に対する作用の明確なメカニズムは不明ですが、おそらく細胞内のカルシウム機能を変化させることで、てんかん様の発作を伴う鉛脳症を引き起こすものと考えられています。
中枢神経に対する作用の明確なメカニズムは不明ですが、おそらく細胞内のカルシウム機能を変化させることで、てんかん様の発作を伴う鉛脳症を引き起こすものと考えられています。
鉛中毒の症状
鉛を間違って食べてしまったり、鉛が溶け込んだ水を飲んだりすると、以下に示すような消化器系や神経系の症状が現れます。
鉛摂取による主症状
- 消化器系症状絶食 | 食欲不振 | 嘔吐 | 唾液の分泌過多 | 疝痛 | 下痢 | 便秘 | 多飲多尿 | 体重減少
- 神経系症状知覚過敏 | 虚弱 | 無気力 | 貧血 | 震え | 引きつけ発作(鉛脳症) | 眼振 | 失明 | 異常行動 | 運動失調 | 昏睡
鉛中毒の診断
血液塗抹標本で多数の赤芽球、パッペンハイマー小体、塩基性斑点が確認されます。また血液検査をすると血清鉄(血中の鉄分濃度)が高値を示します。固形物を飲み込んだときの確定診断はエックス線撮影で、胃や腸管内に鉛の存在が確認されます。
鉛中毒の治療
食道や胃といった上部の消化管にとどまっている場合は内視鏡で直接取り出したり、催吐剤によって吐き出させます。胃を通過して下部消化管内に進行した場合は下剤を投与して排泄物と共に体外に出します。溶解した鉛が吸収され、血中鉛濃度が上昇したり明らかな中毒症状が見られる場合は、キレート療法が第一選択肢となります。
犬の鉛中毒症例
犬が鉛中毒陥るとどのような症状を示すのでしょうか?以下ではイギリスのシックス・マイル・ボトムにある二次診療施設が行った症例報告をご紹介します。
コッカースパニエル(11ヶ月齢 | メス)が1週間のインターバルをおいて2度の全般性てんかん発作(脳の広い範囲でランダムな神経発火が生じた状態)を起こしたことから、神経系疾患の専門病院に回されてきました。入院時の症状は軽度の沈うつ状態で、身体検査と神経学的検査では異常なし、血液・生化学検査で感染症の可能性が否定され、尿検査と尿培養でも異常は見られませんでした。
MRI検査ではレンズ核に濃い部分が見られ、異常部位はおそらく前頭部と推測されたものの脳脊髄液検査では異常がなく、総合的に判断して特発性てんかん(=原因不明)と診断されました。
いったんは抗てんかん薬(フェノバルビタール)が処方されましたが、改めて血液塗抹標本を行ったところ、鉛中毒の特徴である多染性好塩基性斑点が見つかったため急遽腹部レントゲン検査が行われました。その結果、胃の中に金属異物が見つかり、内視鏡で除去。異物の正体はカーテンウエイトでした。
当症例から報告を行った医師たちは、てんかんが疑われる場合は鑑別診断リストの中に鉛中毒を入れ、場合によっては血液塗抹標本を行うよう推奨しています。 Lead intoxication mimicking idiopathic epilepsy in a young dog
Theophanes Liatis, Paola Monti, Ariadna Ribas Latre, Panagiotis Mantis, Giunio Bruto Cherubini, Veterinary Record Case Reports, dx.doi.org/10.1136/vetreccr-2018-000703
コッカースパニエル(11ヶ月齢 | メス)が1週間のインターバルをおいて2度の全般性てんかん発作(脳の広い範囲でランダムな神経発火が生じた状態)を起こしたことから、神経系疾患の専門病院に回されてきました。入院時の症状は軽度の沈うつ状態で、身体検査と神経学的検査では異常なし、血液・生化学検査で感染症の可能性が否定され、尿検査と尿培養でも異常は見られませんでした。
MRI検査ではレンズ核に濃い部分が見られ、異常部位はおそらく前頭部と推測されたものの脳脊髄液検査では異常がなく、総合的に判断して特発性てんかん(=原因不明)と診断されました。
いったんは抗てんかん薬(フェノバルビタール)が処方されましたが、改めて血液塗抹標本を行ったところ、鉛中毒の特徴である多染性好塩基性斑点が見つかったため急遽腹部レントゲン検査が行われました。その結果、胃の中に金属異物が見つかり、内視鏡で除去。異物の正体はカーテンウエイトでした。
当症例から報告を行った医師たちは、てんかんが疑われる場合は鑑別診断リストの中に鉛中毒を入れ、場合によっては血液塗抹標本を行うよう推奨しています。 Lead intoxication mimicking idiopathic epilepsy in a young dog
Theophanes Liatis, Paola Monti, Ariadna Ribas Latre, Panagiotis Mantis, Giunio Bruto Cherubini, Veterinary Record Case Reports, dx.doi.org/10.1136/vetreccr-2018-000703
鉛中毒の予防法
鉛中毒を予防する方法は言うまでもなく、鉛との接触機会をできるだけなくすことです。ではいったい、日常生活のどこで犬と鉛が接点を持つのでしょうか?以下では最も危険と考えられる鉛含有物や場所をご紹介します。
魚釣りの錘(おもり)
魚釣りの錘には固形タイプであれ板状であれ、多くの場合鉛が含まれています。犬や猫が誤飲してしまう危険性がありますので、釣りの道具箱が置いてある場所にはそもそも近づけないようにしましょう。また釣りのお供に犬を連れている人をよく見かけますが、錘(おもり)をその辺に放置しないよう十分注意しなければなりません。
鉛含有塗料
鉛を含有した塗料によって中毒に陥ることがあります。その典型例が牛舎に使用されている鉛含有のペンキ片を誤って飲み込んでしまうウシです。
こうした問題を受けアメリカでは1977年に鉛を含有する塗料の使用が禁止されましたが、日本ではまだ「フェイズアウト」の段階にあります。一般用途向けの鉛含有塗料の生産・販売に関しては、日本塗料工業会に加盟している塗料会社が2019年3月までに製造と販売を終了する予定だといいます。また技術的な要因や社会的な要因から、廃絶時期の見通しが立てにくい特殊用途分野については、関係省庁と協議をしつつ、2020年までに廃絶したいとのこと。2019年の時点で法的に鉛含有塗料の使用が禁止されているのは人間向けの「玩具」だけです。
犬におもちゃを買い与える場合、塗料に鉛が含まれてないことは念入りにチェックする必要があるでしょう。プラモデルに使わていた鉛含有塗料をなめて中毒に陥ったという実例もあります。
犬におもちゃを買い与える場合、塗料に鉛が含まれてないことは念入りにチェックする必要があるでしょう。プラモデルに使わていた鉛含有塗料をなめて中毒に陥ったという実例もあります。
散弾銃のたま
狩猟に用いられる散弾銃のたまが鉛製の場合、白鳥などの水鳥が飲み込んで中毒に陥るというケースがあります。また散弾銃が体内に残ったエゾシカの死体を食べたオオワシが中毒に陥ることもあります。犬においてもっとも接するリスクが高いのは猟犬でしょう。弾丸への鉛使用廃絶を求める声が大きい理由は、環境への悪影響の他、動物たちへの影響が大きいからです。
ケイム・グラスワーク
ケイム・グラスワーク(came glasswork)とはステンドグラスのようにガラスを金属で囲った作品のことです。金属には銅、真鍮、亜鉛のほか鉛が含まれていることもあります。日本においては接する機会が少ないかもしれませんが、室内装飾にステンドグラスがある場合、念の為犬が触(さわ)れない高い場所に飾ったほうが安全でしょう。
鉛シート・鉛板
シート状に加工された鉛は耐食性に優れているため、屋根の雨仕舞(あまじまい=雨水を受け流す屋根、ひさし、雨樋などの総称)によく用いられます。直接食べるということは流石(さすが)にないでしょうが、雨樋の水を飲んだ場合、わずかに溶け込んだ鉛で中毒に陥る危険性を否定できません。
カーテンウエイト
日常生活の中で最も危険と考えられるのはカーテンウエイトと言っても過言ではありません。
これはカーテンを安定させるために用いられる錘の一種ですが、ガジガジかじっていたウサギが中毒に陥るというケースが実際にあります。また犬が何らかのきっかけで飲み込み、てんかん様の激しい引きつけ発作を起こしてしまうこともありえます。今回ご紹介した症例でもカーテンウエイトの誤飲が鉛脳症の原因でした。
カーテンウエイトには紐状になっていてカーテンの裾に取り付けるタイプや、コイン状になっていてカーテンのポケットに入れるタイプなどがあります。いずれにしても犬や猫が間違ってかじったり飲み込んでしまわないようしっかり管理しましょう。
カーテンウエイトには紐状になっていてカーテンの裾に取り付けるタイプや、コイン状になっていてカーテンのポケットに入れるタイプなどがあります。いずれにしても犬や猫が間違ってかじったり飲み込んでしまわないようしっかり管理しましょう。