犬の母音聞き取り能力
調査を行ったのはイギリス・サセックス大学の心理学研究チーム。犬が持つ話者正規化の能力を検証するため、犬にとって馴染みのない男性13人、女性14人のボイスサンプルを用いた実験を行いました。
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✓慣れ(馴化)が生じて少しずつリアクションが薄くなっていく
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✓馴化が生じたタイミングで刺激Aによく似た刺激Bを与えてみる
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✓リアクションが薄いままだったら刺激AとBを判別できていない証拠。リアクションが強まったら刺激AとBを判別できている証拠。
ちなみに当調査におけるリアクションは「スピーカーの方を見る | 耳を前に向ける | 頭をスピーカーの方に向ける | スピーカーのある場所に近づく」とされました。
- 話者正規化
- 話者正規化(speaker normalization)とは発話者の違いに関わらず発話内容に含まれる音素を抽出して認識する能力。例えば男性と女性の声で「cat」という単語を発音した場合、発声器(声道の長さなど)の違いからスペクトログラムは全く違うものになるが「cat」と聞き取ることができるなど。
馴化・脱馴化法
✓まずある特定の刺激Aを被験者に繰り返し与える↓
✓慣れ(馴化)が生じて少しずつリアクションが薄くなっていく
↓
✓馴化が生じたタイミングで刺激Aによく似た刺激Bを与えてみる
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✓リアクションが薄いままだったら刺激AとBを判別できていない証拠。リアクションが強まったら刺激AとBを判別できている証拠。
ちなみに当調査におけるリアクションは「スピーカーの方を見る | 耳を前に向ける | 頭をスピーカーの方に向ける | スピーカーのある場所に近づく」とされました。
発話者の区別テスト
- ステップ1✓犬にとって馴染みのない1人の声で異なる4つの単語を聞かせる
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発話者の声が同じである限り単語が変わっても犬の反応時間は短くなっていきました。これは「単語の変化」という刺激に慣れて徐々に興味を失ったことを意味しています。 - ステップ2✓犬にとって馴染みのない別の声で上記したものとは別の単語を聞かせる
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反応時間が長くなっていますので、刺激を新しいものと認識して興味を抱いたことを意味しています。「ステップ1」では単語の変化に慣れて反応が薄くなったことが確認されていますので、犬が反応した対象は「発話者の声の違い」である可能性が高いということになります。 - ステップ3✓ステップ1で用いた声で別の単語を聞かせる
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再び興味を失って反応時間が短くなっていますので、やはり「ステップ2」における興味の対象は「発話者の声の違い」であることが追認されました。
話者正規化テスト
- ステップ1✓犬にとって馴染みのない4人(性別は同じ)の声で同じ単語を4回聞かせる
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発せられる単語が同じである限り、発話者の声が変わっても回を重ねるごとに犬の反応時間は短くなっていきました。これは「声の変化」という刺激に慣れて徐々に興味を失ったことを意味しています。 - ステップ2✓上記した4人とは違う馴染みのない声で、上記したのとは違う単語を聞かせる
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反応時間が長くなっていますので、刺激を新しいものと認識して興味を抱いたことを意味しています。「ステップ1」では声の変化に慣れて反応が薄くなったことが確認されていますので、犬が反応した対象は「単語の違い」である可能性が高いということになります。 - ステップ3✓上記した5人とは違う馴染みのない声で、1で用いた単語を再び聞かせる
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再び興味を失って反応時間が短くなっていますので、やはり「ステップ2」における興味の対象は「単語の違い」であることが追認されました。
Root-Gutteridge H, RatcliffeVF, Korzeniowska AT, Reby D. 2019.Biol. Lett.15:20190555.http://dx.doi.org/10.1098/rsbl.2019.055
ポイントは「自発性」
過去に犬を対象として「a」と「i」という2つの母音を聴覚で弁別させるという実験が行われました(Baru, 1975)。しかしこの実験で用いられたのは合成された音声であり、また訓練に際しては、間違ったら電気ショックを与えるというひどいものでした。今回の調査で分かったのは、ご褒美や罰といった刺激が無くても、人間が発する自然な声や母音を犬が自発的に弁別できているという可能性です。
言語の理解に関しては、発声器(声帯・舌・口腔 etc)で発音できない音は頭の中で理解できないとするモーター理論に基づき、人間固有の能力であるという説が提唱されたこともありました。しかしその後、1ヶ月齢未満の赤ん坊やチンチラといった人間以外の動物を対象とした実験により、発声能力と言語理解は相互に独立しているといった逆の仮説も提唱されるようになっています。
犬は人間のように「あいうえお」という母音を発音することができませんが、今回行われた話者正規化テストの結果から考えると、後者の仮説を補強するものになりそうです。
言語の理解に関しては、発声器(声帯・舌・口腔 etc)で発音できない音は頭の中で理解できないとするモーター理論に基づき、人間固有の能力であるという説が提唱されたこともありました。しかしその後、1ヶ月齢未満の赤ん坊やチンチラといった人間以外の動物を対象とした実験により、発声能力と言語理解は相互に独立しているといった逆の仮説も提唱されるようになっています。
犬は人間のように「あいうえお」という母音を発音することができませんが、今回行われた話者正規化テストの結果から考えると、後者の仮説を補強するものになりそうです。
まだわからない部分も
実験に際しては以下に述べる様々な制約がつきましたので 、「犬は自発的にすべての母音を聞き取ることができる」と考えるのは早計です。
- 音節の数実験で用いられた単語は全て「子音+母音+子音」という単音節から構成されていました。犬が一体どのくらいの音節まで聞き取ることができるのかはよく分かっていません。 例えば「had」と「hid」の聞き分けはできても、「letter」と「litter」の聞き分けや、より多くの音節を含む単語の聞き分けはできないかもしれません。
- 声の性別話者正規化のテストではすべて男性のみもしくは女性のみの声が用いられました。声の高さ(フォルマント)が変わっても同じクオリティで母音の違いを聞き分けられるかどうかを確かめるには別の調査が必要でしょう。
- 母音は3つ話者正規化のテストでは「had」「hid」「whod」という3つの単語だけが用いられました。除外された「head」や「hod」といった単語に含まれる母音を他の母音と同レベルで区別できるかどうかはまだわかっていません。
「まて!まて!」を連発する自称ドッグトレーナーを国営放送で見たことがあります。犬が混乱しちゃいますので真似しないようにしましょう。