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パピヨンの神経軸索ジストロフィーから原因遺伝子を特定する試み

 パピヨンを対象とした調査により、人獣共通の難病「神経軸索ジストロフィー」の原因遺伝子候補が明らかになりました(2017.3.9/日本)。

詳細

 犬の「神経軸索ジストロフィー」(neuroaxonal dystrophy, NAD)は、常染色体劣性遺伝によって発症する進行性の神経変性性疾患。特徴は、大脳や脊髄のスフェロイド(細胞の凝集体)形成をともなう軸索変性と小脳の萎縮です。 神経軸索ジストロフィーを発症した犬の小脳ではスフェロイドの形成と空胞化が見られる  発症は生後数ヵ月と早く、小脳の変性に起因する運動失調や中枢神経の変性に起因する種々の神経症状により、ほとんどのケースでは1歳を迎える前に死に至ります。海外における症例報告は1980年代からありましたが、日本国内における最初の報告は2005年と比較的最近のことです。 神経軸索ジストロフィーを発症した犬の体幹は低緊張となるが四肢は逆に痙性を示す  今回の調査を行ったのは、東京大学大学院の新領域創成科学研究科のチーム。神経軸索ジストロフィーの好発品種とされているパピヨンを対象とし、「WES」(全エクソームシーケンス)と呼ばれる検査法で遺伝子を精査しました。
全エクソームシーケンス
 「エクソーム」とは、遺伝子の塩基配列のうちタンパク質の合成に関わっている「エクソン」の総体。全ゲノムの1~1.5%程度と少ないが、疾患に関連した遺伝子変異の約85%を含むとされている。「全エクソームシーケンス」とは、ゲノムに含まれる全てのエクソン配列を網羅的に解析する手法のことで、比較的安価なことから、近年は遺伝病やがん研究の分野でよく用いられている。
 調査チームが1頭の発症犬とその両親犬、血縁関係がない2頭の発症犬、および6頭の健常犬からなる合計11頭のパピヨンを比較調査したところ、発症犬でのみ「PLA2G6」遺伝子の「c.1579G>A」というミスセンス変異(塩基配列が変わることにより異常タンパクが形成されること)が確認されたと言います。
 こうした結果から調査チームは、パピヨンの神経軸索ジストロフィーを引き起こしているのは「PLA2G6」遺伝子の変異である公算が大きいとの結論に至りました。この疾患は人獣共通であるため、今回得られた知見は同じ病気を発症した人間の診断や治療に応用できるものと期待されています。
Identification of the PLA2G6 c.1579G>A Missense Mutation in Papillon Dog Neuroaxonal Dystrophy Using Whole Exome Sequencing Analysis
Tsuboi M, Watanabe M, Nibe K, Yoshimi N, Kato A, Sakaguchi M, et al. (2017) PLoS ONE 12(1): e0169002. doi:10.1371/journal.pone.0169002

解説

 神経軸索ジストロフィーは犬のほか、ヒツジ、ウシ、ウマ、ネコ、ウサギ、ラット、マウスといった広範な哺乳動物で確認されてる遺伝性の神経疾患です。人医学にも存在しており、「乳児神経軸索ジストロフィー」という名で小児慢性特定疾患に指定されています(→出典)。常染色体劣性遺伝する遺伝病で、原因は第22番染色体長腕上にあるPLA2G6遺伝子の変異です。疾患の特徴はパピヨンの場合と似ていますが、神経軸索の腫大によるスフェロイドが中枢神経のみならず末梢神経系にも出現するという点、および脳内の淡蒼球や黒質といった部位に鉄が沈着するという点で異なります。
 人間におけるPLA2G6遺伝子内の変異は40種類近くが報告されており、どの部位にどのような変異が起こるかによって症状に微妙な差が生まれます。今回の調査で新たに発見された「c.1579G>A」というミスセンス変異は、今のところパピヨンでだけ認められているものですが、中枢神経系だけに発現し、なおかつ脳内に鉄分の沈着を起こさないタイプの神経軸索ジストロフィーが人医学の分野で見つかった場合は、犬から得られた遺伝学的な知見が診断や治療に役立つだろうと考えられています。