詳細
調査を行ったのは、アメリカ・マサチューセッツ州ボストンにある「Angel Animal Medical Center」。2007年3月から2014年11月の期間、全米にある救急外来を受診した犬合計103,500頭分の医療データを調査し、エスカレーターに関連した怪我だけをピックアップしてみました。その結果、全体の0.029%に当たる30頭が該当したといいます。犬たちの年齢中央値は2.9歳、体重中央値は4.25kgで、10kg未満が73%(22頭)、10~25kgが20%(6頭)、25kg以上が7%(2頭)と小型犬が大半を占めていました。
事故の発生場所が判明した10頭に関しては、電車や地下鉄の駅、空港、ショッピングモールのいずれかだったといいます。怪我を負った足の数は全数(30頭×4=120本)の32%に相当する39本で、後ろ足が69%と大多数を占め、怪我を負った指40本のうち、中指(19本)と薬指(15本)が全体の85%を占めていました。また手術を施された犬15頭のうち、8頭は指の部分的もしくは全体的な切断を余儀なくされるほどの重症だったとのこと。
こうした結果から調査チームは、エスカレーターに関連した犬の怪我はそれほど多くないものの、ひとたび発生すると指先の骨折や切断を含む重症例になりやすいという事実を明らかにしました。また「小型犬を抱っこする」とか「大型犬は階段を優先して使う」といった配慮によって、エスカレーター事故はほぼ100%予防が可能であると飼い主に忠告しています。
Escalator-related injuries in 30 dogs (2007-2014)
Emma-Leigh Pearson DVM et al., Veterinary Emergency and Critical Care Society 2017, DOI: 10.1111/vec.12609
Emma-Leigh Pearson DVM et al., Veterinary Emergency and Critical Care Society 2017, DOI: 10.1111/vec.12609
解説
エスカレーターにおける人間の受傷パターンと犬におけるそれとではずいぶん異なっているようです。犬ではそのほとんどが「指先の巻き込み」でしたが、2005年に「エスカレーターに係る事故防止対策検討委員会」が行った統計調査によると、エスカレーターに関連した怪我を負った人1,317人のうち、95.7%までが「転倒・転落」となっています。また受傷原因の63.9%は「よろけた・バランスを崩した」というものでした(→出典)。
人間のエスカレーター事故では「転倒・落下」による受傷パターンが圧倒的に多く、「巻き込み」によるパターンがほとんどないということがわかりました。しかし近年、ゴム製のサンダルが流行ったことにより、後者のパターンによる受傷ケースが徐々に増えているようです。
2008年、製品評価技術基盤機構が行った調査によると、2007年8月末から9月始めにかけ、エスカレーターにサンダルが巻き込まれる事故が合計39件発生し、そのうち6件では人体に実害が及んだといいます。一例を挙げると、「JR駅の上りエスカレーターで女性会社員(27歳)が左足を挟まれ親指を切断」、「JR構内エスカレーターで女児(5歳)がサンダルごとステップの側面部のすき間に巻き込まれ、中指骨折と爪剥離」などです。
上記した怪我の内容は、犬において確認されたものと驚くほどよく似ています。犬の場合は恐らく、上りエスカレータを降りる際、足元が急に動き出したことに戸惑って後ろ足がすくんだり足踏みしたりして、段差部分に巻き込まれてしまったのではないかと推測されます。また、被毛がステップの隙間に挟まって動けなくなり、そのまま足まで巻き込まれてしまうというケースもあるでしょう。この推測は「受傷は小型犬に多い」、「後ろ足の受傷が多い」、「中指と薬指の受傷が多い」といった事実によって裏付けられているように思います。
日本においては多くの場合、大型ショッピングモール内へのペットの同伴は禁止されています。また電車や地下鉄といった交通機関の駅構内で犬を散歩させている非常識な人はまずいません。しかし、万が一エスカレーター(もしくは動く歩道)を使用する機会があった場合は、今回の調査チームが指摘しているように小型犬は抱っこして、大型犬は階段や歩道を用いるという大原則に従うのが賢明だと思われます。特に上りエスカレーターから降りるとき、後ろ足が段差部分に引き込まれて指先を痛めてしまうというパターンが多いようですので要注意です。なお公共機関に入ることが法的に認められている補助犬たちは、訓練の段階でエスカレーターに乗る練習をしているとのこと。