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miRNAは犬の悪性腫瘍(がん・肉腫)のバイオマーカーとして有用

 犬の体の中にある悪性腫瘍(がん・肉腫)を、血液検査だけから高い確率で見つけ出すバイオマーカーが発見されました(2017.6.15/日本)。

詳細

 調査を行ったのは、岐阜大学・応用生物科学部が中心となったチーム。かねてから悪性腫瘍のバイオマーカーとして期待されていた「miRNA-214」と「miRNA-126」の有用性を確認するため、様々な種類の悪性腫瘍を抱えた犬と、臨床上健康な犬を対象とした大規模な比較調査を行いました。
miRNA
 「miRNA」(マイクロアールエヌエー)とは、21~25塩基程度の一本鎖RNAのこと。DNAから転写されたRNAのうち、タンパク質の合成に関与しないノンコーディングRNAの一種で、細胞の分化、増殖、死(アポトーシス)の調整に関わっている。「miRNA」の不具合は悪性腫瘍の増殖を引き起こし、腫瘍から「miRNA」が血中に放出されるようになる。
 調査は、岐阜大学、東京大学、北海道大学、岩手大学の一次診療施設を受診した犬を、異常が認められない「健康グループ」と何らかの腫瘍性病変が確認された「悪性腫瘍グループ」とに分けて進められました。内訳は以下です
悪性腫瘍の種類
  • 健康グループ臨床上異常が見つからなかった健康な犬たちのことで合計22頭。
  • がんグループ「がん」(癌)とは「上皮性悪性腫瘍」のことで合計78頭。
    乳がん7頭 | 肝細胞がん12頭 | 扁平上皮がん18頭 | 甲状腺がん6頭 | 移行上皮がん8頭 | 腺がん27頭
  • 肉腫グループ「肉腫」とは「非上皮性悪性腫瘍」のことで合計77頭。
    肥満細胞腫7頭 | リンパ腫12頭 | 悪性黒色腫(メラノーマ)20頭 | 血管肉腫13頭 | 骨肉腫9頭 | 軟骨肉腫5頭 | 組織球性肉腫5頭 | 軟部組織肉腫6頭
  • その他グループ上記した以外の悪性腫瘍で合計14頭。
    性器腫瘍5頭 | 歯原性腫5頭 | 内分泌器腫4頭
 すべての犬から血漿サンプルを採取し、中に含まれているmiRNAの量を「RT-qPCR」と呼ばれる手法で測定したところ、悪性腫瘍グループにおいて以下のような特徴が見られたと言います。なお文中の「感度」とは陽性(悪性腫瘍を持っている状態)のものを正しく陽性と判定する確率、「特異度」とは陰性(悪性腫瘍を持っていない状態)のものを正しく陰性と判定する確率のことです。
腫瘍マーカーとしてのmiRNA
  • miRNA-214がんに関しては甲状腺がんと乳がんで特に高い値を示す。
    肉腫に関しては骨肉腫、組織球性肉腫、軟骨肉腫、血管肉腫で特に高い値を示す。
    各種悪性腫瘍に対する感度と特異度は以下。 miRNA-214が各種悪性腫瘍に対して示した感度と特異度
  • miRNA-126がんに関しては全種(乳・肝細胞・扁平上皮・甲状腺・移行上皮・腺)で高い値を示す。
    肉腫に関しては骨肉腫、肥満細胞腫、メラノーマ、血管肉腫で特に高い値を示す。
    各種悪性腫瘍に対する感度と特異度は以下。 miRNA-126が各種悪性腫瘍に対して示した感度と特異度
  • 併用miRNA-126とmiRNA-214を併用した場合、各種悪性腫瘍に対する感度と特異度は以下。miRNA-126とmiRNA-214を併用した場合の各種悪性腫瘍に対して示す感度と特異度
 「miRNA-214」は骨肉腫を除く全ての肉腫と腺がん、「miRNA-126」はすべてのがん、メラノーマの予後に対する予見因子としての可能性も秘めていたといいます。またどちらのmiRNAも臨床上のパラメーター(年齢、体重、炎症性病変・肝障害・腎障害などの共存症)によって大きな影響を受けないことが判明したとも。
 こうした結果から調査チームは、血漿中のmiRNAを測定することは、悪性腫瘍に対する侵襲性の低い検査方法として極めて有用であるとの結論に至りました。また人間と犬のmiRNA(126と214)が完全に同一構造であることから、人医学における悪性腫瘍のバイオマーカーとしての可能性も大いに秘めているということです。
Circulating microRNA-214 and -126 as potential biomarkers for canine neoplastic disease
Kazuki Heishima et al., Scientific Reports 7, Article number: 2301 (2017), doi:10.1038/s41598-017-02607-1

解説

 人医学の領域では「癌胎児性抗原」(CEA)や「α-フェトプロテイン」(AFP)といったバイオマーカーが侵襲性の低い腫瘍の検査方法として用いられています。しかしその精度に関してはまちまちで、またある特定の悪性腫瘍にしか適用できないという難点を抱えています。例えば、以下のような感じです。
人医学における腫瘍マーカー
  • CEA大腸直腸の悪性腫瘍に対して特異度87% | 感度36%
    膵臓癌に対して特異度66.4~87.3% | 感度48.4~71.0%
  • AFP肝細胞癌に対して特異度80~94% | 感度41~65%
  • バイオマーカー併用CEA、NSE、CYFRA21-1、CA-125を併用した場合、肺の悪性腫瘍に対して特異度83.9% | 感度34.8%
 それに対し今回の調査対象となった「miRNA-214」と「miRNA-126」は、併用した場合、がんに対して「感度=92.3% | 特異度=90.9%」、肉腫に対して「感度=85.7% | 特異度=86.4%」、悪性腫瘍全体に対して「感度=88.8% | 特異度=86.4%」という高い値を示しました。
 また獣医学の分野では「C反応性タンパク質」(CRP)や「チミジンキナーゼ」といった物質が腫瘍マーカーとして使えないかどうかが検討されています。しかしこれらは保存する時の温度や臨床上のパラメーターによって容易に変動するため、バイオマーカーとしての価値は疑問視されているというのが現状です。それに対し今回の調査対象となった「miRNA-214」と「miRNA-126」は、いずれも臨床上のパラメーターによって大きな変動を受けないことが明らかになりました。
 悪性腫瘍全般に対して感度と特異度が高いこと、および臨床上のパラメーターによって大きな変動を受けないことなどから考え、「miRNA」は今後、獣医学分野における主要なバイオマーカーとして位置づけられていくものと推測されます。
 有用性が確認された暁には人医学への応用が期待されますが、そう簡単にはいきません。例えば人医学の領域では、「miRNA-126」がモヤモヤ病、アレルギー性鼻炎、喘息で上昇し、アテローム硬化症、心房細動、心不全、II型糖尿病で低下すると報告されています。悪性腫瘍以外の共存症によって値が変動してしまうとバイオマーカーとしての価値が減じてしまいますので、今後の課題は「miRNA」に影響を及ぼす因子を可能な限り明らかにすること、およびどういった種類の悪性腫瘍で値が変動するかを確認していくことだと考えられます。 犬のガン