詳細
調査を行ったのは、オーストリアとブラジルの大学、および「Wolf Science Center」からなる共同チーム。9頭のシンリンオオカミと9頭のミックス犬を同一環境で育て、ある特定の行動と報酬を結びつけることにより、行動の頻度を高める「正の強化」を行ったとき、どのような反応を見せるかを観察しました。具体的な飼育環境は以下です。
Angelica da Silva Vasconcellos, Zsofia Viranyi, et al. 2016
生後1週齢から16~20週齢までの間、1日20~24時間毎日人間が接し、哺乳や給餌を行う。その後、年長の同種動物の群れに混ぜ、人間との接触は1日30分×週4~5日に減らす。「正の強化」によるトレーニングセッションの内容は、特殊なトレーニングルーム内に動物を導き入れ、5人のトレーナーが1回5分からなるトレーニングを行うというものです。2010年5月から2011年3月の期間、1人のトレーナーが1頭の動物に対して3回トレーニングを行うようローテーションを組み、「おすわり」や「ふせ」など、事前に決められた15種類の行動に対してご褒美を与え、トレーニング後は15分間トレーナーと遊ぶ時間が設けられました。またトレーニングの前後に口内から唾液を採取し、ストレスの指標とされるコルチゾールのレベルを計測しました。 犬と狼合わせて18頭が1頭につき15回のトレーニングセッションを終えた時点で、両者の比較を行ったところ、以下のような事実が明らかになったといいます。
犬と狼の訓練性比較
- 居心地の悪さを示す行動は犬でも狼でも見られなかった
- トレーニングと無関係の行動は、全体の10%未満でしか見られなかった
- 狼の89%、犬の78%でコルチゾール濃度の低下が観察された
- 犬と狼のコルチゾール低下は同程度だった
- トレーナーが誰であるかによって近くで過ごす時間、反応時間、指示に従う確率は10%以上変動した
- 犬の方が1メートル以内で過ごす時間、顔を注視する時間が長かった
- 犬の方が指示に従う確率が高く、反応時間が短かった
- 狼の方がトレーニングルーム内を探索する時間が長かった
- 狼の方がトレーニングを中断する回数が多かった
Angelica da Silva Vasconcellos, Zsofia Viranyi, et al. 2016
解説
「居心地の悪さを示す行動が見られなかった」とか「退屈の指標であるトレーニングと無関係の行動がほとんど見られなかった」という事実から、犬にとっても狼にとっても「正の強化」はポジティブな経験として捉えられたと考えられます。過去に行われた様々な観察では、人間との交流が飼育動物にとってストレスの原因になったという報告があったり、逆に福祉を向上させる要因になったという報告があったりして、総括的な答えは出ていません。ですが、少なくとも犬や狼が「十分な社会化期を経ている」という条件さえ備えていれば、人間と接することを楽しいイベントとして捉えてくれるようです。この事実は、「犬と狼のコルチゾール低下は同程度だった」という観察結果によっても裏づけられています。
訓練に対するリアクションは犬と狼で随分と違うようです。犬は「人間の顔を注視する」、「指示に対して素早く反応する」、「高い確率で指示に従う」といった優等生的な反応を見せたのに対し、狼は「人間の顔をあまり見ない」、「トレーニングの前に室内をうろうろ探索する」、「トレーニングを中断する回数が多い」など、問題児的な反応を見せました。過去に行われた調査でも、「犬と同じレベルの課題を狼にやらせる場合、犬よりもかなり時間がかかる」といった結果が報告されています。こうした事実だけから「犬の方が狼よりも頭が良い」とは即断できませんが、少なくとも人間と生活を共にするコンパニオンアニマルとしては、犬の方が適しているようです。
なお以下は、今回の調査で見出された事実の一覧です。
なお以下は、今回の調査で見出された事実の一覧です。
犬と狼の共通点
- 呼吸が荒くなる、唇を舐める、うろうろ歩く、足の間にしっぽを挟むといった居心地の悪さを示す行動は犬でも狼でも見られなかった
- 犬も狼もほとんどの時間をトレーナーと1メートル以内の距離で過ごし、トレーナーに注意を向けていた
- トレーナーの唾液中コルチゾールが高いと1メートル以内で過ごす時間が減る傾向が見られた
- 犬でも狼でも、トレーナーが誰であるかによってトレーナーの近くで過ごす時間は16%変動した
- トレーナーが誰であるかによって顔を向けている時間は11%変動した
- トレーニングと無関係の行動は、全体の10%未満しか見られず、1セッションあたり30秒以下だった
- ジャンプ行動に関し、狼(0.4±0.06%)と犬(0.2±0.004%)との間で違いは見られなかった
- 9頭中8頭の狼、9頭中7頭の犬でコルチゾール濃度の低下が観察された
- 犬(-18.8%)でも狼(-19.83%)でもトレーニング後、唾液中コルチゾール濃度は同程度に低下した
- 指示への反応時間は犬や狼が年長であるほど早かった
- 犬でも狼でも、年長であるほど特定の行動を引き出すまでに必要な指示回数が少なくて済んだ
- トレーナーが誰であるかによって、反応時間の16.6%、指示回数の16.4%が変動した
- トレーナーが誰であるかによって、指示に従う確率は22.8%変動した
犬に特徴的な点
- 狼(89.5±0.9%)よりも犬(99±0.2%)の方が1メートル以内で過ごす時間が長かった
- 狼(82.7±1.2%)よりも犬(98.1±0.3%)の方がトレーナーの方に顔を向けている時間が長かった
- 指示に反応する割合は、狼(65.5±1.2%)よりも犬(79.4±1.2%)の方が高かった
- 狼(1.2±0.1)よりも犬(0.5±0.02)の方が、指示を出してから行動に移るまでの時間が短かった
狼に特徴的な点
- トレーニングの前段階における絶食時間が長ければ長いほど、狼はトレーナーの方に長く顔を向けていた
- トレーナーが誰であるかによって、狼の空腹時の顔面注視時間は5.9%変動した
- 犬(0.8±0.1%)よりも狼(7.2±0.6%)の方がトレーニングルーム内を探索する時間が長かった
- 犬(0.03±0.02%)よりも狼(1.6±0.2%)の方がトレーニングを中断する回数が多かった