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しっぽが急に動かなくなる「リンバーテイル」(limber tail)の危険因子

 犬のしっぽが突然動かなくなる奇病「リンバーテイル」に関する大規模な調査が行われ、発症の危険因子が明らかになりました(2016.8.2/スコットランド)。

詳細

 医学情報誌「Veterinary Record」の中で、最初に「リンバーテイル」(直訳すると”だらりとしたしっぽ”)が注目されたのは1997年と比較的最近のことです。冷たい水の中で泳いだ後やシャワーを浴びた後、突如として犬の尾が動かなくなることから、この時は「フローズンテイル」(frozen tail)という仮名を与えられました。
 その後、1999年にイングリッシュポインターを対象とした調査により、クレアチニンキナーゼレベルが上昇しているという事実が明らかになり、尾骨筋へのダメージに起因する筋炎の一種ではないかとの仮説が提唱されました。また2005年から2007年のハンティングシーズン、イギリス国内に暮らす1,300頭の作業犬を対象に調査を行った所、ラブラドールレトリバー613頭のうち3頭、フラットコーテッドレトリバー66頭のうち1頭が患犬と認められ、累積有病率は0.49%と推計されました。 リンバーテイルを発症した犬のしっぽは、どんな状況でもだらりとしたまま動かない  今回の調査を行ったのは、スコットランドにあるエジンバラ大学の獣医学チーム。ラブラドールレトリバーの健康と福祉向上を目指すプロジェクト「Dogslife」に集められたおよそ6,300頭のデータをもとに、未だに発症メカニズムがよくわかっていないリンバーテイルに関する大規模な疫学調査を行いました。DNA解析のため唾液を提供した479頭の犬の中から、「リンバーテイル」と思われる患犬38頭と、健康な犬86頭を選抜し、発症したグループにだけ見られる特徴が何であるかを検証したところ、以下のような危険因子が明らかになったといいます。
リンバーテイルの危険因子
  • 水泳
  • 作業犬
  • 居住地の緯度が高い
  • 血縁関係が強い
 特に水泳では4.7倍、作業犬では5.1倍も発症リスクが高まることが明らかになりました。また発症グループにおいて強い血縁関係が認められたことから、リンバーテイルは遺伝的要因と環境的要因の両方の作用で発症するエピジェネティックな病気であるとの可能性が強まりました。 Cumulative incidence and risk factors for limber tail in the Dogslife labrador retriever cohort
C.A.Pugh, B.M.de C.Bronsvoort, et al. 2016

解説

 「Dogslife」のデータをもとに、2010年7月から2015年10月の症例を集計したところ、全部で53の症例が見られ、初めて発症した時の平均年齢は2.13歳(年齢中央値では1.64歳)、累積有病率は0.7%と推計されました。一方、「Dogslife」のデータベース内にしっぽに関連した不調の報告がなかった93頭の犬をランダムで調べたところ、そのうちの9頭がリンバーテイルと確定され、累積有病率は9.7%と推計されました。0.7%と9.7%を比べると、ずいぶん大きな開きがありますが、どちらの数字が真の発症率を表しているのかに関してはよくわかっていません。ただ 2008年の大規模調査では「0.49%」と推計されていますので、せいぜい1%程度と見積もるのが妥当なのかもしれません。
 調査チームは当症を「氷山症状」(symptom iceberg)の一例ではないかと述べています。すなわち、症状を示した患犬のうち、実際に動物病院を受診する犬の割合は氷山の一角に過ぎないということです。2010年から2015年の53症例中、実際に獣医師の診察を受けたのは11症例(20.7%)だったと言いますので、残りの7~8割の犬は、発症しているにもかかわらず見過ごされている可能性が大いにあります。
 リンバーテイルが見過ごされやすい理由には、「命に別状が無い」というその微妙な症状にあるように思われます。今回の調査で用いられた診断基準は以下のようなものです。どれも病気なのかどうなのかが今ひとつはっきりしません。
リンバーテイルの症状
  • 尾の付け根が妙にだらりとしている
  • 尾全体が妙にだらりとしている
  • 尾の付け根が妙に固い
  • 尾の付け根の毛が逆立っている
  • 訳もなく尾が痛そうだ
 リンバーテイルを発症した犬の飼い主に、「痛みの度合い」と「生活の質への影響」を評価してもらったところ、最悪を「10」とする10段階評価で、それぞれ「6.0」と「4.1」だったと言います。どちらも微妙な値ですが、少なくとも「犬は全く苦痛を感じていない」と判断することはできませんので、飼い主としては何とかしてあげたいものです。幸い2002年の調査では、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)によって苦痛が緩和されたと報告されています。しかしNSAIDsにはそれなりの副作用が伴いますので、症状による苦痛と副作用による苦痛を慎重に比較する必要があるでしょう。
 なおリンバーテイルは、特別な医療的介入を行わなくても、数日~2週間で自然回復するケースが大半です。レトリバー系の犬を飼っている人は、リスクファクターのうち「環境要因」にさえ気を付けていれば、たとえ遺伝的な素因持っていたとしても、かなりの確率で発症を予防できると考えられます。具体的に避けるべきは「水泳」、「作業」、「寒い環境」などです。 リンバーテイルを予防するためには、寒い環境での作業を伴う水泳を控えるなど、環境要因を排除することが重要