伝説の出どころ
「遊びで犬に負けてはいけない」という都市伝説の出どころは、犬以外の動物で確認されている遊びの「優位性助長理論」だと考えられます。
この理論は、遊び行動が動物の社会的ステータスの確立に影響を及ぼしているとする考え方のことで、コヨーテ(Fox, 1976年)、オオカミ(Zimen, 1975年)、ラット(Panksepp, 1981年)といった動物において確認されています。これに対し、遊び行動はすでに存在している社会的ステータスを反映しているだけであるとする考え方が「優位性反映理論」です。この理論はヒト(Clark, 1969年)、ラット(Pellis, 1991年)、リスザル(Biben, 1998年)などで確認されています。 犬で見られる遊び行動が、優位性を助長しているのか、それともただ単に優位性を反映しているだけなのか関しては、しっかりとした研究が行われていませんでした。しかし1990年代に活躍した著名なドッグトレーナーや行動カウンセラーが、口を揃えて「犬と激しい遊びをすると飼い主との主従関係が乱れるから望ましくない」といった発言をしたため、綱引きなどを含めた飼い主と犬との遊びが敬遠されるという風潮が出来上がりました。例えば日本語版の書籍も出ているヴァレリー・オファレルの「プロブレムドッグ」(ペットライフ社, 1993年, P106)では、以下のような一節が見られます。
上記したように、「遊びで犬に負けてはいけない」という都市伝説は、犬以外の動物で観察された「優位性助長理論」を、厳密な検証をしないまま犬の世界に持ち込んだために生まれたものと推測されます。
この理論は、遊び行動が動物の社会的ステータスの確立に影響を及ぼしているとする考え方のことで、コヨーテ(Fox, 1976年)、オオカミ(Zimen, 1975年)、ラット(Panksepp, 1981年)といった動物において確認されています。これに対し、遊び行動はすでに存在している社会的ステータスを反映しているだけであるとする考え方が「優位性反映理論」です。この理論はヒト(Clark, 1969年)、ラット(Pellis, 1991年)、リスザル(Biben, 1998年)などで確認されています。 犬で見られる遊び行動が、優位性を助長しているのか、それともただ単に優位性を反映しているだけなのか関しては、しっかりとした研究が行われていませんでした。しかし1990年代に活躍した著名なドッグトレーナーや行動カウンセラーが、口を揃えて「犬と激しい遊びをすると飼い主との主従関係が乱れるから望ましくない」といった発言をしたため、綱引きなどを含めた飼い主と犬との遊びが敬遠されるという風潮が出来上がりました。例えば日本語版の書籍も出ているヴァレリー・オファレルの「プロブレムドッグ」(ペットライフ社, 1993年, P106)では、以下のような一節が見られます。
大人になっても、狼たちが遊戯行動を続ける理由には、おそらく重要な意味が隠されているものと思われます。例えば、お互いに何週にもわたってこのような攻撃的な遊びをする中で、あらかじめそれぞれの支配的な位置づけをしているということが考えられます。飼い主は、犬の遊戯行動の中身を無視してはいけないということを忘れないでください。犬を2頭飼っている家庭では、ふざけ半分で格闘しながら、これをあたかもゲームのように楽しんでいる情景を見ることがあります。飼い主はこのような犬の「優越ゲーム」に一緒になって加わるのは賢明ではありません。例えば、犬と玩具の取り合いをしたり、犬に押さえつけられるような格好でのレスリングは勧められません。このように1990年代においては、犬の遊びというものがお互いの序列を決めるための「優越ゲーム」であるとの認識があったようです。その後この風潮はやや弱まり、犬と飼い主との遊びに規制緩和が施されましたが、 90年代の名残として「犬と遊んでもよい。ただし遊びの最後は人間が勝たなければならない」という但し書きが添えられるようになりました。例えば2004年に発売された「図解解説イヌの心理」(ナツメ社, P88)の中では、「引っぱりっこは一般の人には難しい遊びです。引っぱりっこで犬が勝つと、犬の優位性が上がってしまいます。この遊びは適度なところで、飼い主が勝って終わらなければならないのですが、犬に布を噛み切られてしまったり、タイミングを逃して必要以上に興奮させてしまうことがよくあります。初めての飼い主にはあまりお勧めできません」という一節を確認することができます。この根底には「犬に負ける→犬が調子に乗って自分が優位であると勘違いする→人間が犬に負けてはいけない!」という論法があるようです。
上記したように、「遊びで犬に負けてはいけない」という都市伝説は、犬以外の動物で観察された「優位性助長理論」を、厳密な検証をしないまま犬の世界に持ち込んだために生まれたものと推測されます。
伝説の検証
「遊びで犬に負けてはいけない」という都市伝説の根底には、遊びにおける勝ち負けが個体同士の順位付けにつながってしまうという考え方があります。では、果たして動物たちが見せる遊び行動の中に、本当にこのような意味合いがあるのでしょうか?
遊びの意味
動物行動学の分野において「遊び行動」に関する一致した定義付けはなく、辞書によってそれぞれ独自の言い回しを使って表現しています。以下はその一例ですが、遊びを辞書的に定義しようとすると意味不明な文章になってしまうようです。
一方、シカゴ大学の心理学者ゴードン・バーグハルトは、遊び行動の条件として以下のような項目を挙げています(→出典)。
「遊びで犬に負けてはいけない」という言い回しの根底には「遊び行動が順位付けにつながる」という考えがあると述べましたが、さまざまな情報を考え合わせると、この理屈自体がそもそも怪しいということがわかってきました。
辞書的な遊びの定義
- Animal Behavior Desk Reference(2nd Edit.)「play」=ある動物が将来出会うだろう物理的・社会的環境への適応的反応を促す、探索、操作、実験、学習、自分や他人の肉体の操作などを含むあらゆる行動。遊び行動の代表的なタイプは「創造的即興」、「おふざけの戦い」、「対象物の操作」である。
- オックスフォード動物学辞典(P492)「遊戯」=自発的で、見かけ上逆説的な行動(すなわち、活動がその結末に向かって続行されず、あるいは見当違いであるために、通常はその行動と結びついている目標が達成されない)。しばしば、当事者間でやりとりされるシグナルに続いて、ひとしきり起こり、その間、動作が見かけ上ランダムに連続して行われたり、一定の手順が何度も繰り返される。
一方、シカゴ大学の心理学者ゴードン・バーグハルトは、遊び行動の条件として以下のような項目を挙げています(→出典)。
遊び行動の条件(G.Burghardt)
- 文脈における機能が不明瞭である
- 自発的で楽しさを喚起し、その行動自体が報酬となりうる
- 真の行動とは構造的に異なる
- 動物の生涯のどこかで、繰り返し現れる
- 敵対心のない状況で開始される
「遊びで犬に負けてはいけない」という言い回しの根底には「遊び行動が順位付けにつながる」という考えがあると述べましたが、さまざまな情報を考え合わせると、この理屈自体がそもそも怪しいということがわかってきました。
犬の遊びと優位性
犬の遊び行動が序列の決定につながっているという「優位性助長理論」に疑問を感じ、実際に犬を対象とした調査を行った研究者がいます(→出典)。
イギリス・サウサンプトン大学のN・J・ルーニーは2002年、14頭のゴールデンレトリバー(オス3+メス11/7~137ヶ月齢)を対象とし、遊び行動が犬の優位性にもたらす影響について調査しました。彼女はまず「犬に勝たせるセッション」を設け、1回3分の遊びセッションを1日2回×12日間、合計24セッション行いました。具体的な内容は、綱引き遊びで犬に全体の3分の2以上勝たせ、最後におもちゃを持たせて終わるというものです。それに続く2週間では逆に「人間が勝つセッション」を設け、人間が3分の2以上勝ち、最後は犬からおもちゃを奪って終えるというセッションを、合計24回行いました。そして、これらの実験セッションを行う前後において、犬の優位性の指標とされる52の項目を細かくチェックし、遊びにおける勝ち負けがどのような影響をもたらすかを調査しました。 その結果、遊びにおける勝ち負けは、犬の優位性に何ら影響を及ぼさなかったと言います。変化したのは、しつけコマンドを聞く時の集中力や人間に対して遊びをおねだりする行動だったとも。こうした事実から研究者は、一般的に言われている「優位性助長理論」は、少なくとも成犬のゴールデンレトリバーに対しては通用しないとの結論に至りました。
イギリス・サウサンプトン大学のN・J・ルーニーは2002年、14頭のゴールデンレトリバー(オス3+メス11/7~137ヶ月齢)を対象とし、遊び行動が犬の優位性にもたらす影響について調査しました。彼女はまず「犬に勝たせるセッション」を設け、1回3分の遊びセッションを1日2回×12日間、合計24セッション行いました。具体的な内容は、綱引き遊びで犬に全体の3分の2以上勝たせ、最後におもちゃを持たせて終わるというものです。それに続く2週間では逆に「人間が勝つセッション」を設け、人間が3分の2以上勝ち、最後は犬からおもちゃを奪って終えるというセッションを、合計24回行いました。そして、これらの実験セッションを行う前後において、犬の優位性の指標とされる52の項目を細かくチェックし、遊びにおける勝ち負けがどのような影響をもたらすかを調査しました。 その結果、遊びにおける勝ち負けは、犬の優位性に何ら影響を及ぼさなかったと言います。変化したのは、しつけコマンドを聞く時の集中力や人間に対して遊びをおねだりする行動だったとも。こうした事実から研究者は、一般的に言われている「優位性助長理論」は、少なくとも成犬のゴールデンレトリバーに対しては通用しないとの結論に至りました。
伝説の結論
動物学の分野で一般的に扱われている「遊び・遊戯」の概念、および犬を対象として行われた遊び行動の研究などを考え合わせると、「遊びで犬に負けてはいけない」という都市伝説には明確な根拠がないと思われます。にもかかわらず、遊びにおいて負けてしまうと犬が調子に乗って飼い主を部下と思うようになるという「優位性助長理論」が幅をきかせるようになった理由としては、以下のような可能性が考えられます。
優位性助長理論の背景
- 人間が犬に対して送る遊びのシグナルが不十分だった
- 自由放任主義の飼い主が、犬のわがままと遊び行動を勝手にこじつけた
- 問題犬とばかり対面している行動カウンセラーが、極端な事例を犬全体に一般化してしまった
犬の遊びとフェアプレー精神
遊びが序列を競い合うための競争ではないのだとしたら、一体何なのでしょうか?マイケル・W・フォックスやマーク・ベコフといった学者達は、動物行動学の分野で長らく時間の無駄と考えられていた「遊び行動」に早い時期から着目していました。特に後者のベコフは、自発的で共同作業を要するという遊び行動の特徴に着目し、「遊びは社会的スキルや事の善悪を学ぶのに役立っている」との推論を展開しています。彼によると、犬たちは遊びのフェアプレーに関する4つの基本的なルールを持っているとのこと(→出典)。
フェアプレーの原則
- お願いをする 犬たちは遊びに入る前や途中において、交流が本気ではなく、あくまでも遊びであることを確認するために「遊びのシグナル」というものを出します。このシグナルには20以上のバリエーションがあり、「顔に前足をかける」、「ひっくり返ってお腹を見せる」、「吠える」、「忍び寄る」、「待ち伏せする」、「頭を振る」などが含まれます。中でも最も有名なのが「お辞儀」(プレイバウ, play bow)でしょう。飼育環境にある子狼やコヨーテでは、「バイトシェイク」と呼ばれる激しい遊びの直前や直後でお辞儀が見られると言います。この行動の意味は「これは遊びだから本気にしちゃいけないよ」という相互確認だと考えられます。
- 相手を騙さない コヨーテにおいては、遊ぶフリをして相手を支配しようとするなど、フェアプレーができない個体は群れから追い出されて生存率が下がると言います。またドッグパークで遊んでいる犬たちを観察した調査でも似たような結果が報告されています。ですから、犬にとって「相手を騙さない」という事は最低限のマナーなのでしょう。
- ルールは守る 遊んでる最中の犬には暗黙のルールがあります。 1つは「自己ハンディキャッピング」、そしてもう1つは「攻守交代」です。前者は相手を傷つけてしまわないよう力を加減することで「遊び抑制」とも呼ばれます。後者は優位にある動物が一時的に劣位に回るなど、攻めと守りをほどよく交代することです。
- 間違った時は認める 遊んでいる犬のどちらか一方が痛みや不快感を感じると、「キャン!」という叫び声をあげたり噛み付く真似をして抵抗します。こうしたメッセージを受け取ったパートナーは即座に遊びを中断し、「なだめ行動」と呼ばれる仲直りのための歩み寄りをしなければなりません。具体的には「鼻でマズルを触る」などです。このように、間違った時は素直に認め、すかさず謝ることも大事なルールの1つです。
犬と遊ぶ時のポイント
2000年に行われた調査によると、犬が人間と遊ぼうとする欲求は、犬が犬と遊ぼうとする欲求とは別物であるとの結果が報告されています(→出典)。つまり、その日どんなに他の犬とたくさん遊んだとしても、「人間と遊びたい!」という欲求は満たされずに残っているということです。また前述の通り、サウサンプトン大学のN・J・ルーニーが行った調査により、飼い主が犬との遊びに勝とうが負けようが、犬の優位性に変化がないことが確認されています。ですからここでは、かつて言われていたような「犬との遊びで負けてはいけない」といったアドバイスをいったん頭からリセットし、犬と効果的に遊ぶ方法を考えてみましょう。
人に適した遊び
犬の遊びには非常にたくさんの種類があります。飼い主が犬と一緒に遊ぼうとするとき、いったいどれが最も適しているのでしょうか?
犬の社会的遊びいろいろ
- プロレスごっこ(ジャンプ、タックル、組み伏せ、甘噛み)
- 鬼ごっこ
- 忍び寄り
- マウンティング
- 大口競争
- レスリング
- ボクシング
- 綱引き
遊びのシグナルを出す
2001年に行われた調査によると、「お辞儀」と「突進」は、高めの声と共に人間が行うと犬の遊び行動を誘発できるとの結果が出ています(→出典)。これらは犬に伝わりやすい遊びのシグナルとして使えるかもしれません。遊びの前や途中でこれらのシグナルを使う事は、交流が本気ではなく遊びであることを確認し、過熱しすぎないよう抑制するために重要となります。下の写真のような「犬のお辞儀」を参考にしつつ、飼い主が犬の前でやってみると面白いかもしれません。
自己ハンディキャッピング
犬と遊ぶ際は、相手を傷つけないよう力を加減することが重要です。例えば「綱引き」で遊んでいるときなどは、犬がくわえているロープを違う方向に急に動かさないよう気を付けます。下手をすると歯が折れてしまいますので要注意です。
攻守交代
遊びにおいては攻守のバランスを保つことが重要です。かつては「50:50ルール」といって、攻めと守りがちょうど半分ずつになるのが理想とされてきました。しかし近年の調査では、22%の犬では「50:50ルール」を守っていなかったとか、優位の犬が攻めの80%を占めていたといったアンバランスも報告されていますので、割合に関してはアバウトで良いのかもしれません(→出典)。ただしすべてのセッションで人間が優位に立ってしまうと犬はやる気を失ってしまいますので、最低でも2~3割は犬が優位になるような状況を設定してあげるとよいでしょう。
間違いを正す
人の体に歯を立てるといった行動をとったとき、飼い主はその都度間違いを正していかなければなりません。犬の世界における「ゴング」は、「キャン!」という甲高い鳴き声です。犬が間違いを犯した瞬間、「痛い!」など大きな声を出して遊びを中断し、犬をしばらく無視してみましょう。 こうすることにより、犬は自分がいけないことをしたことを直感的に理解します。そのうち仲直りの「なだめ行動」として鼻先を擦り付けたりしてくるかもしれません。数分間のタイムアウトが終わったら遊びを再開してみます。同じミスを犯すようでしたら何度もゴングとタイムアウトを繰り返し、少しずつルールを理解させていきます(→参考動画)。