ニッパーとは?
ニッパー(Nipper)は、数多くの音楽関連会社のロゴマークになった犬。
イギリス西部の自治体・ブリストルに生まれたニッパー(1884~1895)の最初の飼い主は、マーク・ヘンリー・バラードさんでした。マーク氏が1887年に死亡すると、ニッパーの世話は兄弟のフィリップとフランシスが担当するようになります。ニッパーは兄弟の下で約8年間平穏に暮らした後、1895年に息を引き取り、ロンドンの南部にある行政区・キングストン・アポン・テムズに埋葬されました。 ニッパーの死から3年たった1898年2月、彼の世話をしていたフランシス・バラード氏は、シリンダー型蓄音機に耳を傾けるニッパーの絵を、「蓄音機を覗き、耳を傾ける犬」という題名で特許局に持ち込み、著作権を獲得しました。
その後彼は、シリンダー型蓄音機の輸入会社「エジソンベル」の創業者J.E.ハフ氏にその絵を見せます。フランシスの狙いは、同社の扱う蓄音機が描かれた絵を見せることで、ハフ氏の歓心を買うことでした。しかし結果は、「犬は蓄音機なんか聞かないよ」という、にべもないリアクションしか得られなかったそうです。 それから約3ヵ月後の1899年5月31日、肩透かしを食らったフランシスは、蓄音機のホーンを黒いものから真鍮製のものに付け替えるため、「グラモフォンカンパニー」を訪れます。そこで対応したのが、同社の創業者ウィリアム・バリー・オーウェンでした。
彼はフランシスから「蓄音機を覗き、耳を傾ける犬」の話を聞き、「描かれている蓄音機をわが社で扱っている製品にしてくれたら、その絵を買ってもいいですよ」と提案します。この提案を了承したフランシスは、早速蓄音機を入れ替えた新バージョンを描きなおし、ウィリアムに譲りました。 この新バージョンの絵画は、翌1900年7月10日、絵を買い取った「グラモフォンカンパニー」の共同創業者であると同時に、「Victor」の創業にも関わったエミール・ベルリナーが、「His Master's Voice」(ご主人様の声)という宣伝文句と共に商標登録しました。その後、小首をかしげる可愛らしい犬のデザインは、「HMV」(ソフトの小売)や「Victor」(ハードの製造)、「RCA」(電機メーカー)などのロゴマークとして、広く用いられることになります。 Nipper His Master's Voice
イギリス西部の自治体・ブリストルに生まれたニッパー(1884~1895)の最初の飼い主は、マーク・ヘンリー・バラードさんでした。マーク氏が1887年に死亡すると、ニッパーの世話は兄弟のフィリップとフランシスが担当するようになります。ニッパーは兄弟の下で約8年間平穏に暮らした後、1895年に息を引き取り、ロンドンの南部にある行政区・キングストン・アポン・テムズに埋葬されました。 ニッパーの死から3年たった1898年2月、彼の世話をしていたフランシス・バラード氏は、シリンダー型蓄音機に耳を傾けるニッパーの絵を、「蓄音機を覗き、耳を傾ける犬」という題名で特許局に持ち込み、著作権を獲得しました。
その後彼は、シリンダー型蓄音機の輸入会社「エジソンベル」の創業者J.E.ハフ氏にその絵を見せます。フランシスの狙いは、同社の扱う蓄音機が描かれた絵を見せることで、ハフ氏の歓心を買うことでした。しかし結果は、「犬は蓄音機なんか聞かないよ」という、にべもないリアクションしか得られなかったそうです。 それから約3ヵ月後の1899年5月31日、肩透かしを食らったフランシスは、蓄音機のホーンを黒いものから真鍮製のものに付け替えるため、「グラモフォンカンパニー」を訪れます。そこで対応したのが、同社の創業者ウィリアム・バリー・オーウェンでした。
彼はフランシスから「蓄音機を覗き、耳を傾ける犬」の話を聞き、「描かれている蓄音機をわが社で扱っている製品にしてくれたら、その絵を買ってもいいですよ」と提案します。この提案を了承したフランシスは、早速蓄音機を入れ替えた新バージョンを描きなおし、ウィリアムに譲りました。 この新バージョンの絵画は、翌1900年7月10日、絵を買い取った「グラモフォンカンパニー」の共同創業者であると同時に、「Victor」の創業にも関わったエミール・ベルリナーが、「His Master's Voice」(ご主人様の声)という宣伝文句と共に商標登録しました。その後、小首をかしげる可愛らしい犬のデザインは、「HMV」(ソフトの小売)や「Victor」(ハードの製造)、「RCA」(電機メーカー)などのロゴマークとして、広く用いられることになります。 Nipper His Master's Voice